第16話「魔王」
「もう、人間はみんな死んだよ。・・・だからもう、泣くな」
突然、私の前に立ち塞がったのは、一人の少女だった。
真っ黒な長い髪。羊のような黒い角。黒のローブ。そしてその中で、鋭く光る赤い瞳。
ただの十八歳くらいの少女には、到底見えない。何か、不思議な迫力のようなものを感じた。
それより・・・彼女は今、なんて言った?
泣くなって、まさか私が泣いているとでも?
そんなわけない。私は今、凄く楽しいんだ。大嫌いな人間をたくさん殺せて、それで・・・
「・・・本当に、すまなかった。私がもう少し早くここに来ていれば、こんな事にはならなかっただろうに」
目の前の少女は、どうしようもないくらいに悲しい表情をしていた。
「君に、こんな事させなくて済んだだろうに」
「・・・は、ぁ?」
なんだよ、それ。
どうしてこの人が謝る? 私は人間を殺したいから殺しただけだというのに。
私は人間が嫌いだ。だから殺した。それにもう決めたんだ。全ての人間を殺す、と。
「・・・君がどんな選択をしたのかは分からないが・・・きっと、辛い道を選ばせてしまった」
「だから、何を言って・・・」
「ごめんな」
ふわりと、髪が舞う。少女は優しく、私を抱きしめた。
温かかった。
その温もりが、目の前で死んだリネアナさんの姿を想起させる。もう二度と会うことは出来ない、彼女の姿を。
いや、彼女だけじゃない。私を受け入れてくれた、私に笑いかけてくれた、あの村人たちのほとんどが、もうこの世界にはいないのだ。
誰も、助けられなかったんだ。
そうして、やっと、私は抑えていたものが込み上げてきた。
「・・・う、うぅ、うあああああああああああああん!」
子供みたいに、ひたすら、誰かも知らぬ彼女の胸で、私は泣きじゃくった。
泣いて泣いて、もう涙は枯れたと思うほど泣いて、それでも堪らずに泣いて、涙が出ずとも泣き続けた。
「・・・なあ。君は、何がしたい?」
少女は、そう問いかけた。
何がしたい、だって? そんなの、決まってる。
「────人間を、殺したい」
私から全てを奪ったアイツらの、全てを奪ってやりたい。
「・・・そっか」
でも、私は弱い。目の前にいる家族たちを助けられないほどに、弱くて弱くて、弱い。
「なら、私が君を強くしてやる」
「え?」
「復讐には、力がいるだろう?」
まるで、私の心を見透かしたかのような言葉だ。
「あなたは、一体・・・」
そんな私の言葉に、彼女は宝石のような赤い目を鋭く尖らせ、獰猛な笑みを浮かべた。その美しくも恐ろしい姿に、私はどうしようもなく目を奪われた。
「────私は、ヴェリアラ・オルファント・・・《魔王》だ」
◇◇◇
彼女は魔王と名乗った。
普通、見た目十八歳ほどの少女が魔王だなんて信じられないだろうけれど、私は彼女の言葉を嘘偽りだとは思えなかった。
角はあるものの、見た目は基本的に普通の女の子なのだ。だけど、違う。何かが決定的に違う。
内に秘める恐ろしい何かを、私は感じた。
そして、自称魔王は私を連れて・・・魔王城まで、来てしまった。
「ここが我が城だ」
「っ・・・」
その大きさと迫力に、思わず絶句してしまう。
これが、あの魔王城か。城門に近づくと、警備兵の人達が、彼女の顔を見るなり慌てて門を開いた。
・・・やっぱりこの人、本当に魔王だったんだ。
警備兵の人達は私のことを怪訝な表情で見ていたが、魔王は気にせず私の手を引いて城の中へと連れていった。
城には何人もの使用人がおり、魔王を出迎えた。彼らはリボルトの屋敷で強制的に仕えさせられていた奴隷たちとは違い、心の底から魔王を敬愛しているように思えた。
魔王に手を引かれ、私はついに最上階の部屋──恐らくは彼女の部屋──に入った。
「さて、改めてよろしく。カゲハ」
「なんで私の名前知ってるの?」
「何故って、レイヴンから話は聞いていたからな」
レイヴンさんが、魔王に?
「レイヴンさんって何者なの?」
「む。聞いてないのか? 彼は、我が魔王軍の最高幹部の一人だぞ」
さ、最高幹部・・・!? そんな凄い人だったんだ。
・・・いや、あんな滅茶苦茶な強さの人が一般の兵だったりしたら、それこそおかしい。最高幹部と聞いて、むしろ納得するくらいだ。
まあ、そのことは別に今は重要なことじゃない。
「それで、私を強くするって、どういうことなの?」
私は睨みながら言った。正直、彼女は魔王でも悪い人には思えない。それだけ、彼女の温もりは優しかった。
だけど、それで全てを信用していいという訳にはならない。
「別に特別なことはしないさ。この私が直々に、君を鍛えてあげようって話だよ。こう見えても、私は魔族で一番強いんだぞ?」
「・・・でも、なんであなたがそんな事するの」
「我が魔王軍は優秀な人材はいつでも募集中だからな。特に君のような見込みのある子は、早いうちから育てて起きたいというものだ」
「見込み? 私に?」
「あれだけの数の人族を皆殺しにした・・・それも、獣人でありながらまるで魔法のような不思議な力を使って。これだけで、十分に面白いだろう?」
「・・・」
面白い、か。まさかこの人、面白そうだからなんて理由で引き受けたのだろう。
この人がどんな人なのか分からないけど、もしそうなら何処まで信用していいものか。
「安心したまえ。私も、別に興味本位だけで君を勧誘した訳じゃないさ。一割くらいは、別の理由もあるぞ」
九割は興味本位なんだ・・・。
「その一割というのは、君自身の”謎”についてのことだ」
「私の、謎?」
「レイヴンから報告を受けて、気になってはいたのだよ。そして、今回の事件でその不可思議な点は明確になった。・・・君の、あの”力”はなんだ?」
力。それはきっと、さっきも魔王が言っていた、私が人間を殺すときに使った力のことだろう。
「あ、あれは・・・」
「私の推察では・・・魔力操作、だろう?」
魔王は私の言葉を塞いで続けた。・・・驚いた。まさか、言い当てられてしまうとは。
私の考えが表に出たのか、魔王はニッと笑う。しかし、魔王はすぐに眉をひそめた。
「・・・だがな、私の知る限り、あんな魔力操作は見たことがないんだよ。魔力操作なんて、精々身体能力を少しだけ上げるか、脆い魔力弾を作り出すだけだ。それに比べて、君のははっきり言って異質だ。なあ、カゲハ。君は一体、何者なんだ?」
・・・私は、何者か。
言ってしまっても、良いんだろうか。今まで誰にも言ってこなかったこの事実を。
正直、あまり気分の良い話ではない。だけど、もし打ち明けて、本当に彼女が私を強くしてくれるのなら・・・
私は、小さく告げた。
「・・・私、異世界から来たの」