第15話「人間」
幸せというのは、怖い。
大切で、かけがえのないものだからこそ、失った時のことを考えると、怖くてしょうがない。
だから私は、あの時セレネアさんたちと一緒に行かなかったのだ。大切なあの人たちを、失ってしまうのが怖かったから。
それなのに、私は、また─────
「びっくりしたー。いきなり目の前に獣人が現れたもんだから、つい斬っちまったよ」
「まさか飛んだ先にに村があるとはな」
目の前の私の事など気にもせず、目の前の二人の人間は喋り出す。
飛んだ? 何を言っているんだ? ・・・というか、この人間たちは、どこから来た?
私たち獣人は、魔法を使えない分、五感が非常に優れている。中でも気配を察知する事には長けており、たとえ暗闇でも人間の存在に気が付かないはずがないのだ。
それなのに、つい先程までこいつらの気配を少しも感じなかった。まるでいきなりこの場所に現れたみたいだ。
「お、もう一匹いるぜ。折角だし狩るか。あーでも、女のガキか。それじゃあ捕まえて奴隷にでもするか?」
「見た目良さそうだし、奴隷にした方がいんじゃね? 暗くてよくわかんねーけど」
目の前にいる私をなんの脅威とも思わず、人間たちは好き勝手なことを言う。
殺す、だって?
奴隷にする、だって?
私を?
コイツらはまた、私を傷つけるの?
「・・・うるさい」
「あ? なんだガキ」
「うるさい!!」
頭の中が、うるさい。
殺せ殺せと憎悪の大合唱が鳴り響き、私は───目の前の二人を、殺した。
瞬殺だった。弾丸のようにするでもなく、ただ単純に魔力弾をぶつけた。しかしそれだけで、彼らの首から上は吹き飛んだ。あまりにも呆気なく、死んだ。
アイツらは、リネアナさんとアルドさんを傷つけた。そんなヤツらが死のうと、別になんとも思わない。
「リネアナさん! アルドさん!」
私は急いで二人の元へ駆け寄った。既に、ありえないほどの量の出血が見られた。
・・・どうしよう。
どうしようどうしようどうしよう!
このままじゃ、死んじゃう。折角大好きになれた二人が、目の前で失われてしまう。
そんなの、嫌だ。
お願い、死なないで。死なないでよ!!
「おねがい・・・・・・だから・・・っ」
もう、二人は動かなかった。
「い、いやぁ・・・っ!」
擦り切れそうな声が、鳴り響く。
嘘だ・・・嘘だ嘘だ嘘だっ!
何で? どうして? ついさっきまで、あんなに優しく話してくれていたじゃないか。それがどうして、こんなにも冷たくなっているの?
「なん、で・・・────っ!?」
その時、少し遠くから悲鳴が聞こえた。
聞き覚えのある声だった。・・・村からだ。
私はすぐに走り出す。
「嫌だ・・・」
村には、ロートンさんや、他にもたくさんの知り合いがいる。
「嫌だ・・・嫌だ・・・」
彼らも、人間たちに・・・
「そんなの、嫌だ・・・っ!」
到着すると、あの美しかった村は、赤い炎と血に染っていた。
「い、いや、ぁ・・・・・」
そして見えたのは、剣に貫かれた死体───ロートンさんだった。
「なんだ、ここ。色んな獣人がいるぞ」
「気にすんな。オスは殺せ。メスは捕らえて奴隷にしろ」
「いやはや。ただの転移魔法の試験発動だったのが、まさかこんな収穫を得るとはなぁ」
目に映るのは、死体、死体、死体────。
そのどれもが、見覚えのある顔だった。
みんな、殺されたの? このどこから来たのかも分からない人間どもに。
「やめ、てよ」
人間は、私に目もくれず村人たちを狩っていく。楽しそうに、その鋭い剣で心臓を貫いていく。
何が、起きてるの?
どうして、こんな事になってるの?
誰のせいで、みんなが・・・
「──────────人間」
人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間人間!!!
お前らは、また私から奪うのっ!? 一体、どれだけ私の幸せを奪えば気が済む!?
なんで、何でいつもこうなる? どうしていつも大切なものばかり、奪われていく?
ふざけるな。
ふざけるふざけるなふざけるな!
「・・・殺してやる」
何もかも、殺して、壊してやる。私から全てを奪った人間の、全てを奪ってやる。もう、建前も言い訳も必要ない。
この憎悪が、殺意の理由だ。
・・・人間は、みんな殺してやる。
「ああ、あ、ああ! ああ! ああああああああああああああああああああああっっ!!」
身体中の魔力が、マグマのように熱く感じられる。そしてそれらが、一気に体外へと放出された。それはただの魔力弾ではない。
目に見えぬ、巨大な刃として。
「ぐがぁ!?」
「なんだ、これ!」
「うあああ!」
魔力の刃は私を中心に、大量の人間を一気に斬り殺した。逆に刃は、全ての獣人に触れなかった。
ただひたすらに、人間だけを殺していく。
「人間め! 人間め人間め人間め!!」
刃だけではない。弾丸が、砲弾が、爆弾が、魔力はありとあらゆるエネルギーの凶器となり、人間どもの命を刈り取っていく。
もう何も考えられない。私が今、何をどうやってしているのかも、分からない。
ただ、人間を殺すことだけが脳内を埋めつくした。
「死ね。消えろ。壊れろ。苦しめ。傷つけ。嘆け。失え!」
次々と人間を殺していく。
もう、戻れないかもしれない。でも、だからどうした? たとえ殺人鬼になっても、私は人間を許さない。
そしてやがて、憎悪の殺戮は、狂喜の殺戮へと変貌する。
「は、はは! あははははははははっ!!」
大嫌いな人間たちが、無様にも悲鳴を上げて死んでいく。
なんと滑稽なことか。
なんと醜いことか!!
首をはねて、腹を抉って、脳を潰して、斬って、殴って、噛み切って、目に映る人間すべてを殺していく。
いつも私から奪う人間が、いつも私を苦しめる人間が、次々とその命を散らしていく。
ああ・・・やっぱり、人間を殺すのは楽しい。
死ね。もっと死ね。
死んで死んで、壊れて、壊されて!
壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ壊れろ─────
「─────もう、人間はみんな死んだよ」
「ぅ、え?」
ひたすらに暴れ狂う私を、誰かが止めた。
「だからもう、”泣くな”」
それは、黒い髪と角、宝石のように美しく血のように恐ろしい赤い瞳の、一人の少女だった。