第13話「初めての居場所」
第0話の部下の少女の設定を変更しました。
「着いたぞ!」
「え、もう?」
山を登りだしてから何回か私のための休憩を挟みつつ、三日経った。
・・・そう、三日だ。まだ三日しか経っていないはずなんだけど・・・どうなってるの? 普通、たった三日の間に、巨大な山脈を登って下ることが出来るの?
いや、そんなわけない。とはいえ現実あの《死の山脈》を越えてしまったわけで・・・本当、何者なのこの人。
「さて。これからお前を送る場所だが・・・うむ、あの村がいいな」
「村?」
「リルノ村という所でな、獣人たちの住まう村だ。人族から逃げてきたヤツや、居場所を失ったヤツなんかもよくその村に住み着いてる。だからこそ、余所者は歓迎されるし、居心地もいいはずだぞ」
「・・・へぇ」
そんな村があるのか。それなら、確かに今の私にはピッタリかもしれない。
「でも、私みたいなのがそんな所に行って大丈夫なのかな・・・」
「何言ってんだ? あの村は余所者大歓迎だって今言ったろ?」
「・・・」
・・・そういう意味じゃぁ、ないんだけどね。
◇◇◇
山脈を越えて、レイヴンさんはすぐにその村へと送ってくれた。本当は徒歩なら相当距離あるはずなんだけど・・・ものの数時間で到着してしまった。
そこは、本当にどこにでもあるような普通の村だった。ただ一つ、住民が皆獣人であるということを除けば。
「れ、レイヴン様!」
「おう、ロートンか。久しいな。元気してたか?」
「お久しぶりです。私どもは皆、レイヴン様たちのおかげで日々平穏に過ごせております。して、何かこの村に御用がおありでしょうか?」
レイヴンさんが来るなり、ある獣人が駆け寄ってきた。薄い水色の髪の、犬耳の男性だった。年齢は大体五、六十歳くらい。
服装は裕福とは言えないものだが、決して苦しそうな表情ではない。むしろ、幸せそうだ。
それにしても、レイヴンさんってもしかして凄く地位の高い人なのでは? 私がそんな疑問を持っている間に、レイヴンさんは私について説明した。
「・・・なるほど、人族領から」
「ああ、もし良ければ、この村に住まわせてやってくれないか?」
「勿論ですとも! ・・・はじめまして。私はロートン・ケンダルト。この村の長をしております」
「・・・か、カゲハ」
優しく笑いかけるロートンさん。その笑顔がどうも慣れなくて、私は小さくなってレイヴンの影に隠れた。
「おや、怖がらせてしまいましたかな」
「あ、いや、そういう訳じゃ・・・。ただ、その、慣れてなくて・・・」
ずっと、嫌な笑顔しか見てこなかった。だからこんなにも優しい笑顔は、慣れていないのだ。
「えっと、その、ごめんなさい」
「謝る必要はありません。少しずつ慣れていってくれればいいんですよ」
「うむ。どうやら問題なさそうだな。ロートン、任せていいか?」
「はい」
縮こまる私の頭に、レイヴンさんがポンと手を置いた。
「色々大変かもしれないが、きっとここがお前の居場所になる。何かあっても、ここの人達がお前を守ってくれるよ」
「・・・レイヴンさんは、もう行っちゃうの?」
「仕事があっからなぁ。でも、これから何度か顔を見に来るよ。だから安心しな」
「・・・そっか」
改めて、ポンポンと頭を撫でられる。
慣れない感触に、胸がざわついた。しかしそれは、嫌な感覚じゃなかった。むしろ、心地好い気がした。
この道中、何度も彼と言葉を交わした。それは、ずっと自分を押し殺していた私にとって、いつの間にかかけがえのない時間になったのだろう。
一緒にいたのはたったの三日だったけれど、彼との別れが、なんだか少し寂しい。
「それじゃあ、元気でやれよ」
「・・・うん」
そう言うなり、レイヴンさんはまたとてつもない速さで去っていった。・・・本当に、嵐みたいな人とは彼のことを言うのだろう。
そして、残った私はそっとロートンさんの方を見た。
「さて、行きましょうか」
「・・・うん」
不安なことはある。
けれど、一先ずはここで暮らしてみよう。それがどんな結果を及ぼすのかは分からないけど・・・幸せな未来に繋がればいいな。
そんな風に、胸の内で思った。
◇◇◇
「それではぁ! 新たな家族、カゲハとの出会いを祝して、乾杯!!」
「「乾杯!!」」
夜。暗くなった村を、明るい光が照らす。その光は灯りの輝きだけでなく、人々の笑顔の眩しさでもある。
リルノ村では、私の歓迎会が開かれた。
「・・・」
ど、どうすればいいんだろう。
こういった状況に慣れない私は、果実ジュースを手にしたまま呆然としてしまった。
あれから、私は村の人達と挨拶を交わし、村長さんの紹介で、虎の獣人の夫婦の家に住まわせてもらうことになった。
奥さんの方とは既に顔を合わた。彼女はリネアナさんといい、優しい笑顔で私を受け入れてくれた。
この村には私を嫌ったり、恨んだり、蔑んだりする人はいない。皆が、優しく迎え入れてくれる。
「おらおらー! 飲めー!」
「家族が増えたんだ! こんなにめでてぇことはねーぞ!」
酒を片手に騒ぐ男性たち。それを見て楽しそうにしたり、一緒になってはしゃいだりする女性や子供たち。そのどれもが、動物の耳と尻尾を生やしている。
私の知っている獣人は、いつもみんな悲しそうな表情を浮かべていた。たとえ笑っていても、それは現実から目を背けるための悲痛な笑みでしかなかった。
獣人であることは罪であり、人間から受ける苦痛は全てその罰。誰しも、そんな考えが刷り込まれていた。
だからこそ、こんな光景は、獣人たちが心から幸せそうに笑っているこの景色は、あまりにも不思議で、つい戸惑ってしまう。
「あはは。悪いねぇ。アンタの歓迎会だってのに男どもが煩くて」
「・・・リネアナさん。えっと、その、なんか皆・・・楽しそう」
「そりゃあ、カゲハが家族になったんだからね」
「家族・・・」
ここの村人達はみんな、互いのことを家族と呼んでいた。そこに私がいることが、何だか違和感があって。だけど・・・
私も家族になっていいんだろうか、そんな風に考えてしまう。私みたいな異物が、こんな平和な村にいていいんだろうか。
私みたいな・・・人殺しがいても、いいんだろうか。
「いいんだよ」
「え?」
まるで心を見透かされたかのような言葉に、私は目を丸くする。
「ここにいるヤツら皆、少なからず辛い記憶を持っている。だけど、家族がいるからこうして笑い合える。アンタだってもう私たちの家族なんだ。だから、ここにいていいんだよ」
・・・温かい。
ずっと感じてこなかった優しい感情。もう忘れてしまっていた、愛情。
それらに心が揺さぶられる。・・・だけど、でも、だからこそ、私はここにいちゃいけない。彼らを愛してはいけない。
だって、もし彼らを愛して、そして失ってしまったら・・・私はどうなってしまうか、分からないから。