第12話「レイヴン・オウドレット」
「俺はレイヴン・オウドレット。鬼人だ。人間じゃない」
私を呼び止めた男はそう言った。
青髪に真っ黒な二本の角、紺色の瞳。年齢は二十代後半くらいだろうか。確かに彼はどう見ても人間ではなかった。
・・・だけど、それは信用してもいいという理由にはならない。たとえ人族が大嫌いでも、私は別に魔族が好きという訳でもないんだから。
「安心しな。危害を加えるつもりはない」
「じゃあ、何の用?」
「いや、魔族の気配を感じたもんだから話しかけただけだ」
えぇ・・・。話しかけただけって、まさか世間話でもしようとか思ってたの? こっちは今切羽詰まってるっていうのに。
っていうか、そもそもこの人は何なんだ? なんで人族領にいるの?
「ねえ、何でここにいるの?」
「それはこっちのセリフなんだが・・・まあいい。俺は魔王軍のものでな、ちょっとした任務でこっそり人族領までやってきていたんだ。そして、これから帰るところだ」
「・・・魔王軍?」
確か、魔族は人族と違って、魔王と呼ばれるたった一人の王様を中心に、単一国家を形成しているんだっけか。この人はそこの軍隊の人か。
・・・ん、でも待てよ? この人、今これから帰るところだって言った?
「でもあなた、どうやって来たの?」
「どうやっても何も、そこの山脈から来たんだが」
「なっ!?」
この山脈を、たった一人で!?
「ふっ。俺、こう見えても強いんだぞ? 俺にかかれば、こんな山脈屁でもない。ってか、お前も魔族領に行きたいのか?」
「そ、それは・・・」
「もしそうなら、連れてってやるぞ」
「えっ」
思わず食いついてしまう。
まずい。これも何かの罠かもしれない。・・・けど、もし本当に連れていってくれるなら、これほど良い話もない。
どうするべきか。でも、このままだとどの道山は越えられず、いずれ人族に見つかって奴隷に戻されるか殺されるかがオチだろう。
なら、いっそ・・・
「・・・連れて行って。魔族領に」
「おう! 任せとけ。・・・っと、その前に、お前の名前を聞いてなかったな」
「名前? ・・・ああ」
セレネアさんに聞かれた時もそうだったけれど、ずっと名無しだったから、やはりまだ名前というものに慣れない。
それほどに、私が奴隷として刻み込まれたものは大きかったのだろう。
「・・・カゲハ」
「カゲハか。よろしくな!!」
「よろしく・・・レイヴンさん」
「おう! それじゃあカゲハ、早速だが、しっかり掴まれよ」
「ひゃ!?」
レイヴンさんはいきなり私を担ぎあげ、その肩に乗せた。掴まれって、まさか・・・
「悪いが俺には紳士的なエスコートなんて無理なんでな。最速で突き進むぞ!」
「えっ・・・・・・ひぃああっ!?」
瞬間、目にも止まらぬ速さで、レイヴンさんは山脈を駆け上がっていった。
◇◇◇
レイヴンさんは、まるで空中を落下して行くかのような速度で山道を抜けていき、何度も意識がとびそうになった。
彼は途中現れた獰猛な魔物も簡単に薙ぎ払ってしまい、止まることなく嘘みたいに進んでいく。偶然出会った人だけど・・・この人、いくらなんでも強すぎない?
彼が簡単に吹き飛ばしてまう魔物は、どれも化け物ばかりだ。これまで私が殺してきた人間たちと違い、私でも勝てないと思わされるほどに。なのに、彼は意図も容易く退けてしまう。
本当の化け物はこっちかもしれない。
しかも、初めはその勢いに驚いたが、どうやら彼は私に負荷があまりかからないよう気遣ってくれてもいるようだ。
こんな速さで走り、魔物も倒し、さらには気遣いまで出来てしまうとは、何なんだこの人は。
「・・・お。日が暮れてきたな。そろそろ休憩にすっか」
休憩とは言うものの、レイヴンさんは息一つ切らしていない。多分この人は、私を気遣って、ほんの少しも本気を出していないんだろう。
何時間もあんな山道を駆け抜け、おまけに魔物と戦ったりもしてたのに、とても余裕そうだ。
私たちは山道に腰を下ろす。私は運ばれただけなのに、大分疲れてしまった。ふとレイヴンさんの方を見ると、指先から炎を出して焚き火を作っていた。
魔法・・・やっぱり凄い力だ。
それからレイヴンさんは、自分の食料を私に分けてくれた。流石にそれは申し訳ないと断ろうとしたけれど、押し切られてしまった。
「そういや、お前なんで人族領にいたんだ?」
・・・それ知らずに連れてってくれるって、やっぱり凄い人だなぁ。まあ、別に隠す必要もないので、これまでの経緯を軽く伝える。
奴隷になったこと。人間に買われたこと。酷い拷問を受けたこと。主人を殺したこと。
勿論、異世界がどうとかの話は伏せておいた。あと、どこまで信用していいのかも分からないので、リボルトを殺した方法、つまりは魔力操作のことも隠しておいた。
それでも大体は正直に話すことで、多少の信頼を得ようと思っていたんだけど・・・
「・・・うおおおお! おばえ、ぐろうじたんだなぁ!」
何故か号泣された。
「うう。よし、俺は決めたぞ! 絶対にお前を安全なところまで送り届けてやる!」
「・・・仕事の帰りなんじゃないの?」
「知るかそんなもん!」
「ええー・・・」
本当に、よく分からない人だ。
・・・ただまあ、きっと彼は・・・良い人、なんだろうな。
◇◇◇
[SIDE:レイヴン]
山道で一晩明かして、二日目。
俺は今、カゲハという少女を肩に乗せて山脈を駆け抜けている。元は一人で普通に帰る予定だったが、彼女を安全な場所まで送ると決めたので、帰るのは少し遅れることになりそうだ。
何故わざわざそんな事をすると決めたのか。
それは彼女の話に胸打たれたからというのが理由の大半だが・・・まあ、俺はこれでも軍人だからな。一応もっともらしい理由もある。
彼女が俺にしてくれた話には、肝心なことが伏せられている。勿論、気分のいい話ではないし、初対面の俺に全てを明かすはずもないのだが・・・一つ気になる点があるのだ。
彼女は、どうやって主人を殺した?
奴隷は普通、隷属魔法と奴隷刻印という二つの縛りを受ける。主人に絶対服従を強制的に誓わせる、呪いのような契約だ。
そして、一度交わされた契約は、契約を結んだ双方の合意がなければ、絶対に破棄することは出来ない。
それなのに彼女は、主人を殺したと言った。
つまり、そもそも殺したということが虚言か、何かしらの方法で主人の合意を得たか、もしくは───一方的に契約を破棄出来てしまうような”力”が彼女にはある、ということになる。
そしてもう一つ気になったのは、彼女の気配を俺が感じられなかったことだ。
一度は感じたはずの気配、それが全くと言っていいほど感じられなくなってしまったのだ。かといって、彼女の身のこなしは気配を断てるような玄人のものではなかったし、木の枝を踏むような凡ミスもしていた。
彼女には、気配を消せるだけの”力”があるのではないか? また、そんなようなことを考えさせられる。
しかし、しかしだ。彼女は《獣人》なのだ。
つまりは魔法を使えない。魔法でもなく、契約を破棄し、気配を断つ、そんな力がこの世にあるというのだろうか?
わからない。
─────だからこそ、面白い!
俺は彼女に興味を持った。安全な場所に送りたいという感情は嘘偽りのないものだが、彼女と同行することで、彼女の秘密を知りたいというのもまた、俺を突き動かした理由でもあるのだ。
軍人としても、怪しい人物は見逃せないしな。それにもし有用な人材なら・・・魔王軍に引き入れることだって出来るかもしれない。
まあ、兎にも角にも、この少女には謎が多い。
カゲハ。白い狐の少女。お前は一体、何者なんだ?
「ねえ、もう少しゆっくりとかは・・・」
「・・・フッ、フハハハ! 面白い! 面白いぞおお!!」
「ええ・・・?」