勇者編1「勇者と覚悟」
[SIDE:花乃]
なんて事ない朝だった。
いつも通り登校して、詩織や凛子と雑談する。そして、ホームルームギリギリの時間になり、唯葉が登校してきた。
唯葉は、私の小学校からの親友だ。そして、この学校の有名人でもある。
影宮唯葉、その愛らしい容姿に加え勉強も運動も出来る秀才。だけど常にボーッとしていて、マイ枕を持参するくらいには睡眠が大好きな子だ。ちょっと変わってるけど、そこもまた愛される要因の一つでもある。
皆唯葉が大好きだし、私も彼女が大好きだ。・・・なのに、どうして?
「唯葉? 唯葉はどこ!?」
突然私たちを包み込んだ光、それが止んだ瞬間─────唯葉は、姿を消していた。それとも、私たちが消えたの?
ここは、どう見ても知らない場所だ。私たちはさっきまで教室にいたというのに、気がつけば城の中みたいな豪華な場所で、大勢の外国人に囲まれている。
気になるのは、彼らの服装。まるで、魔法使いのようなローブを着ている。
待って、まさか、この状況・・・・・・
「よくぞ来てくれた、異世界の勇者たちよ!」
この中で一番偉そうな老人が、そんなベタな台詞を吐いてくる。
間違いない、これはきっと”異世界召喚”だ。
異世界召喚っていうのは、小説や漫画によく出てくる、世界を救う勇者として別の世界から呼び出されてしまう、という展開だ。
弟が好きだったから、私も試しに見てみたら結構面白くて、それからよく見るようになったんだけど・・・まさか本当に起こるなんて、信じらんない。
それじゃあもしかして、唯葉だけ元の世界に残されたまま、とか? いや、唯葉だけじゃない。見てみると、何人かいない人がいる・・・ってか、先生もいないじゃん。
「そなた達には、魔王を倒してもらいたい」
さらにベタな台詞を吐く男。魔王、やっぱいるんだ。
「ちょっと待て。勇者だか魔王だか知らないけどさ、いきなり何なんだよあんた達!」
すると、私たちの沈黙を一人が破った。
桐島翔斗、クラスの中心人物で、彼も小学校からの友人だ。翔斗は多少の混乱と怒りを含みつつも、堂々と反論した。
それを皮切りに、クラスメイトたちも声を上げた。
「そうだよ! 何がどうなってんだ!?」
「私たち教室にいたよね!?」
「お前ら何者なんだよ!」
「い、家に帰してください!」
巻き起こる生徒たちの怒号。
それを────カン! と響いた甲高い音が強制的に止めた。男が手にしていた杖の先を力強く床に打ちつけたのだ。
「混乱するのも無理ない。きちんと事情を説明してやろう」
みんな混乱していたが、一先ずは黙って話を聞くことにした。
まず、男はロンド・リーノフェルトと名乗った。
ここは私たちのいた世界とは異なる世界の、リーノフェルト王国という国だそうだ。そして彼はそこの国王だとか。
この世界には魔族という恐ろしい種族がおり、人間を苦しめている。そいつらを倒すため、異世界から勇者を呼んだ。
それが私たちだった。
呼び出された勇者は、特別な魔法を手に入れる。それは人間にとって非常に強力な戦力となるらしい。だから私たちは召喚されたのだとか。
本当、何度も同じような話を読んだけれど、いざ現実で体感してみると信じられない。それは皆も同じだったのだけれど・・・
「水魔法【水球】」
魔法使いの一人が無から水を生み出し自由に操作してみせた。それを見て、完全に受け入れることは出来ずとも、皆ここが異世界なのだと理解した。
「でもそれって、誘拐みたいなもんだろ?」
「私、戦うなんて嫌だよ!」
「早く帰せよ!」
だからといって、素直に言うことを聞く理由にはならない。私だって、確かに魔法とかには憧れるけど、戦争なんて真っ平御免だ。
「一方的にこちらの世界に喚んだことは悪いと思う。だが、魔法にはルールというものがある。事前に定められた規約に従って発動されるのだ。今回の召喚魔法の目的は魔王を倒すこと。それを達成しなければ、そなたらを帰還させることは不可能だ」
「そんな・・・っ!」
それは、あまりにも理不尽な話だ。
「安心、は無理だろうが・・・そなたらには簡単には死なないよう十分な訓練をしてもらうつもりだ。他にも最大限の援助は行う。だから頼む、我らの為に戦ってはくれないだろうか・・・! この戦争に負ければ、我々人族は皆凶悪な魔族に蹂躙され、その命も尊厳も奪われることになるだろう。そんなことは、絶対にさせられないのだ」
力強く頼み込む国王。その切実な姿に、心揺らぐ者もいた。
・・・だけど私は、どうしても確認しなくちゃならないことがある。戦争がどうだとかは、その後だ。
「ねえ、何で全員いないの?」
「・・・どういう意味だ?」
「私たちは元々、先生含めて三十五人いた。なのに何でここには二十九人しかいないわけ?」
唯葉や先生だけじゃない。他にもいない人がいる。
いないのは、翔斗とも仲の良かった相原雄也くん、明るくていつもクラスの中心にいた芦田結芽ちゃん、ちょっと不良っぽくて怖かった野崎琴音さん、それと、物静かな・・・二宮遥人くん、だっけ?
つまりは、合計六人もの人がいなくなってしまったことになる。
「召喚魔法も万能ではない。誤作動でどこか別の場所に飛ばされたか、はたまた召喚に失敗したものがいたのか、それは定かではない。だから、分からない・・・としか言い様がないな」
「っ! 何それ!? それじゃあ、唯葉が今どこにいるか分からないってこと!?」
そんな・・・っ!
「ただ、召喚に失敗したというのは考えにくい。もしかしたら、この世界のどこかに飛ばされたのかもしれん」
この世界の、どこかに?
そんなの、分かるわけないじゃん。もしかしたら、魔族の所なんかに飛ばされて、酷い目に遭ってるかもしれない。
コイツらの魔法のせいで。
「・・・なあ、花乃。この人たちの頼み、聞いてみないか?」
「はあ? なんで!? コイツらのせいで唯葉や先生、他のみんなも・・・!」
「だからだよ」
翔斗の突然の発言に、私は怒鳴る。しかしそれでも、彼は冷静に続けた。
「あの人の言うことが正しいなら、俺らは元の世界に帰るためにも、どの道頼みを聞くしかない。だけど、それだけじゃない。これで彼らの頼みを無視すれば、この世界のどこかにいるかもしれない唯葉たちを見捨てることになるだろ?」
「っ!」
「もし魔王を倒すために旅に出るなら、そこでアイツらを探し出せるかもしれない。援助してくれるっていうんなら、俺たちだけで闇雲に探すより、ずっとアイツらを見つけ出せる可能性は高くなるはずだ。希望は、まだあるかもしれないんだ!」
・・・希望は、まだある? 勇者にでもなったら、また唯葉に会えるかもしれない?
「俺は、そのためなら勇者にでもなってやる」
私は・・・
「・・・私も、なるよ。勇者」
翔斗と私の発言に、クラスメイトたちは息を飲んだ。しかしすぐに、他の生徒たちも反応する。「私も」「俺も」と、次々に賛成していった。
勿論全員ではないが、皆翔斗の話を聞いて覚悟が出来たのだろう。
友達を助ける覚悟が。
─────待っててね、唯葉。絶対に助けるから。