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狐のあくび  作者: はしご
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第0話「狐と魔王様」


 広い広い草原には、青々とした草花ではなく、泥と砂と血が広がっていた。聞こえるのは鳥のさえずりではなく、兵士たちの怒号。


 ここは、この世で最も醜い場所───戦場だ。


 仮面を被った白い狐の少女は、今、その戦場に向かってゆっくりと歩いている。少女の後ろには、大量の魔族たち。対して少女の進む先には、大量の人族たちがいる。


 魔族が、人族が、互いに剣を交え、槍を突き出し、矢を放ち、そして《魔法》をぶつけている。そんな中で少女が携えるのは、一本の刀。他に武装はなく、ただゆっくり、ゆっくりと進んでいく。


「・・・ふあぁ」


 それから、大量にいる人間たちを目にして、少女は退屈そうにあくびをした。


 だって、数が多いだけでどれも大したことない。こんなの、”すぐに終わってしまう”。なんとつまらない仕事だろうか。だけれども、やらなければならないのだ。


 現在、少女の味方である魔族の軍───魔王軍は、人族に押されている。だから少女が来たのだ。


「さ、やるか」


 うとうとする寝惚け眼を擦り、抑揚のない声でそう言いながら、少女は腰の刀に右手をやった。


 風が吹く。兵士と兵士の間を抜ける微かな風に、少女の耳と尻尾が揺らされる。感覚を研ぎ澄まし、ただ一回の抜刀に意識を注ぐ。


 ────一閃。


 瞬く間に少女は抜刀した。美しき刀剣は、目にも止まらぬ速さで空を切る。その速さは、じっと剣先を見つめていた部下たちですら目で追えないものだった。


 そんな彼女の姿を、一体何人が目にしただろう。きっと、殆どの兵士が気付いていない。


 放たれた斬撃に気付かず、少女の周りにいた大量の兵士たちは血を流し倒れた。そうしてようやく、人族は少女の存在に気が付いたようだ。


 少女は静かに微笑む。次はもっと多く殺れる、と。


 剣撃が、人族を襲った。その圧倒的な力に、魔族は希望を抱き、人族は絶望した。たった一人の少女の登場により、戦況は大きく揺らいだ。


 これが、魔王軍《最高幹部》の実力。


 少女の名はカゲハ・レングウ。人々に《魔閃妖狐》と恐れられる、狐の獣人だ。



◇◇◇



「・・・はあ、疲れた」


 くたくたの身体を引きずり、私はようやく自陣にある砦に着き、その場に倒れ込んだ。


「か、カゲハ様・・・そ、そんな所で眠ったら、ダメですよ・・・」

「えー。もう動くの疲れた」


 部下である黒い角の生えた少女は、その赤髪を揺らしながら注意してくる。


 でも、別に私はどこで寝ようと構わない。何せ、私には大きな尻尾があるのだから。このフサフサの尻尾さえあれば、どこでも寝心地はバッチリなのだ。


「おやすみ・・・」

「・・・あの、この後には大事な会議があると、先程言っていませんでしたか?」

「え? ああ、そういえば、あった、ような・・・・・・むにゃむにゃ」

「寝た!?」


 って、流石にそれはまずいか。何せ、この後あるのは最高幹部と魔王様による重要な会議なのだ。会議の内容は・・・よく覚えてない。


 私にとって重要なのは、そこに魔王様がいるということだ。なら、遅刻なんかして迷惑をかける訳にはいかない。


「・・・はあ、行くか」


 もう一度あくびをして、私は立ち上がる。これから近くの駐屯地に赴き、会議に参加する・・・面倒だ。


 すると、そんなことを考えながら歩き出そうとした足を、部下の少女の声が呼び止めた。


「・・・あの、カゲハ様。少し質問いいですか?」

「何?」

「・・・その、カゲハ様は、どうしてこの魔王軍にいるんですか? あ、えっと、その、カゲハ様の強さは僕も重々承知なのですが・・・」

「ああ」


 確かに、私はだらしないしやる気のない奴だ。魔王様のいない会議は大抵寝てるし。そんなヤツが何故軍で働いているのか。それも、最高幹部なんて役職で。そのことに疑問を持つのは当然だろう。


「別に大した理由なんてないよ。まあ、強いて言うなら・・・魔王様の力になりたいから、かな」


 魔王様は、私に全てを与えてくれた方だから。


「あと・・・」

「あと?」


 少しだけ言葉を空けて、私は静かに微笑む。



「人間が大嫌いだから」



 優しい声音でそんな事を告げる私に、部下は目を丸くした。


 さて、そろそろ行こうか。私は移動の準備を軽く済ませて、馬車に乗る。相も変わらず乗り心地は最悪で、ガタガタと揺らされること数時間。ようやく目的地に着いた。


「・・・面倒だなぁ」


 やっぱり面倒なものは面倒だ。憂鬱で重い足を動かし、会議室まで向かう。部屋に入ると、空席は一つだけだった。どうやら私が一番最後らしい。


「カゲハ、遅いぞ」

「ごめんなさーい」


 指摘されるが、私は変わらずゆっくりと席まで歩く。ようやく席につき顔を上げると、七人の魔族の顔が見える。うち六人は、私の他の最高幹部たちだ。そして、もう一人が魔王様。私の主だ。


 その姿を改めて見て、ふと先程の部下からの質問が頭を過る。何故魔王軍にいるのか、か。思い出されるのは、古い記憶。魔王様に救われた、あの日の思い出だ。


 私は何もかもに絶望していた。苦しくて、辛くて、狂ってしまいそうな地獄にいた。そこから助け出してくれたのが、魔王様だ。


『なあ。カゲハは、何がしたい?』


 あの日から、絶望のどん底から私を救い出してくれたあの時から、私はこの方に全てを捧げると誓った。その為に、全ての人間を殺す。


 ”かつて私が人間であったこと”なんて関係ない。魔王様を害する者は一人残らず殲滅する。それが私の今やるべき事であり、生きる指標だ。


「皆、よくぞ集まってくれた」


 その声に、私たち幹部の視線は集中させられる。その視線の先にいるのは、魔王ヴェリアラ・オルファント様だ。


 見た目は十八歳程の少女だろうか。私よりは歳上に見える。長い黒髪に、二本の黒い角。古の種族である悪魔族の証だ。その目は血のように紅く光り、鋭く、そして美しい。彼女は幹部たちの顔を一人ずつ見たあと、ニッと笑った。


 ここに彼女をただの少女と侮る者はいない。その圧倒的な力と人徳に、全ての魔族は平伏するだろう。それが魔王様だ。


「さあ、会議を始めようか」



 今日も私は、魔王様の為に生きる。


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