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異世界でぐらい死を忘れさせろ   作者: 佐藤サイトウ
1/5

朱色の拳銃

二週間に一回土曜か日曜日に投稿する予定でございまする。暇だったら見てね

生きるとは何なのだろうか。我々、人類に限らずこの世の森羅万象ありとあらゆる生命を持つものは、生きているものは生きている。当たり前だ、と思うかもしれない。

そこで一度考えてみてほしい題材がある。

テーマは死ぬように生きるのと、生きるように死ぬ、選ぶならどちらがいい?











1


「おはようございます、クソ上司。お加減はいかがですか?」


未だに聞きなれなることがない怒りのこもった声に目を覚ます。あいもかわず、どうやら今日も今日とて私は生きているようだ。残念ながら毎朝のこの憂鬱からは逃れられなかった。体を起こす。


「なんだい?今ただの小間使いふぜーが私をクソ呼ばわりしたような気がしたが?あまつさえ君が存在しているのも私にとっては私が存在していることの次に憎たらしいのに、その道端に散らかってるネズミ並の価値をさらに下げようというのかい?殊勝だねぇ流石だよぉ〜産業廃棄物以下を目指そうとする君のその類い稀なき向上心!私はとっても好きだよぉ〜??」


HAHAHAと高笑いをあげながら言う。

焔は忌々しそうにこちらを見ている、気がする。似合ってもいない黒色の仮面のせいで彼の表情を伺うことはできない。しかしながら、彼の仮面の下の表情を伺えないことは非常に残念ではあるが、まぁ、些細なことだ。私が彼を侮辱し、本来心穏やかではないであろう彼が必死に悟られまいとしている。それだけでも私の嗜虐心は充分満たされる。


「どうしてそんなに毎度毎度罵詈雑言を並べられるんだよあんたは。素直に礼ぐらい言えよ。そんなんだからこの事務所俺しか従業員いないんだぞ?」


はぁ、と深くため息をつき私に書類を差し出しながら言う。


ふむ


「私は別に従業員なんていらないんだけどねぇ?君が!どーーーーーーっしても入れて欲しいって言うからしょーがなーーーーーく、苦渋の決断の末、苦肉の策で、承知し難いけど、私の多大なる善意と配慮のおかげで!ネズミ以下の君をここに入れてやってるんだよぉ??それを忘れたのかなぁ???」


HAHAHA。やはり朝イチは無能なただ飯ぐらいをいじくりまわすに限るな。健康になる気がするよ。


「はいはいわかってますよ。ありがとうございます。いつも感謝してますよ、この野郎」

私にこれ以上何を言っても無駄だと思ったのだろう。白旗を振って投降した焔は「ところで、と話を変える。


「起きてさっそくで申し訳ないんですけど、仕事です。しかもだいぶ急ぎの。それ見てください」


先程私に渡した書類に指を挿して言う。


「急ぎの仕事かい?それってどれくらいの規模でどのくらい急ぎのことなのかなぁ?大、中、小のどれくらいか教えていただけません?規模の大きさとかはっきり言って?わっかりにくいよまったく」


私専用のベッド、もといイスから体を起こし、焔に着替えをさせながら聞く。男に服を脱がさせるのには多少の抵抗はあったが、自分で着替えることの憂鬱さと比べてしまえば些細な問題でしかない。


「そうですか、それは申し訳ありませんでしたねー。でははっきり言うんですけど」


私の上着のファスナーを上げ切って言う


「超特大で超特急です。1〜5等級混合の菅局部隊計2部隊全滅です。で慌てた菅局がこっちに依頼回してきました。どうも本部の観測隊がラングの力量見誤ったっぽいですね。あ、深度は3条です。イート発現まであと30分強って感じです」


へー


「超特大ねぇ。なんだかその言葉を聞くと、この間食べに行った犬を思い出すねぇ〜。まさか巨大な犬の中に人間を押し込めて水増ししてたなんて、随分ひどいこともする奴がいるもんだよ」


腹部だけ異常に膨らんだ犬を出された記憶を思い出す。


「それをわかってあえて俺に食わせたあんたが奴らを否定する権利はないと思うが」


つい二週間ほど前の出来事であるためか、未だ人を食べたトラウマが抜けていない焔が口に手を当てる。


「あはは、まぁ、すぎたことを思い出しても仕方がないじゃないか。明日に希望を見出して生きよう!後ろを向くな、前を向け。過去は忘れろ、明日を見ろ、だよ、焔」


明日の方向に指を挿し、焔に告げる。いやはややはりできる上司というものは部下のメンタルにも気を遣える。できる上司は違うねぇ、と自画自賛する。


「................」


おや、何故だろう。部下からの視線が冷たい。気遣ってやったからここは喜ぶべき場面だよ?焔。


「はぁ.........」


焔がため息を溢す。何故だろう。皆目見当がつかない。

まぁいい。過去を悔いても仕方がない、明日を向いて生きよう。

と、再び明日の方向を向く。


「もういいです。とりあえずほら、早く仕事に行きましょう?あ、ちなみに犬死した奴らは10人は犬ではなくウサギに、とは言っても可愛らしさの欠片もありませんが、主本体に取り込まれて、分体として排出されてそこら辺歩き回ってます。そいつらから先に倒しましょうか。」


二週間以上前から片付いていないテーブルの上を何故か無言で見つめている上司に向けて、告げる。


「なるほど、了解したよ。」


焔の言葉に返事を返し、続ける。


「それにしても相変わらずラングのランク付けが適当だねぇー菅局本部の野郎どもは。犬死した奴らがちょっとだけ可哀想だよまったく。って言っても自分の大事な体を守れない奴なんてどうでもいいがね。どうせ遅かれ早かれ3条ぐらいに負けて死ぬんだったらそのうち死ぬだろうし。むしろそう考えたらいいことかもしれないね!無駄が減って。」


HAHAHA。屈託のない笑みで少女は言う。そんな少女を、いつのまに真っ黒なコートを羽織り、アタッシュケースを背中に担いだ焔が


「...どうやったらこの歳でこんなに歪んでしまうのだろうか...」


と嘆きながらまだ年端も行かぬ小さな、本来は人形で遊ぶ年齢の幼女(上司)を小脇に抱え、事務所を出る。本当に面倒な仕事だ。


2


相変わらず汚らしい町だ。適当に目をやってもゴミやゴミのような人間やゴミになった人間が目につく。まだ処理されてないゴミやゴミにはハエがたかっている。クソみたいな匂いがする。実際クソの匂いも混じっているのだろうが。この島にある町全てがこの有様だ。汚い金で作られた事務所や菅局、薄汚いスラム街。バケモノが蔓延っている癖にまともに頑強な建物もない。おまけに人間は食うもに枯渇して死にまくってるのに、バケモノどもはそのおかげで食い物には困らないようで、数を増やす。バケモノなんてまとめて呼んでいるがその風貌は色々だ。人間の頭に直接足が生えてるやつ、顔がある人喰い電柱、そして今俺の目の前にいる血に塗れた巨大なウサギとかな。こいつらはO.Wが起きてから発生し始めたらしい。俺が生まれる200年前ぐらいだな。

どうもこいつらは厄介なことに、小さいやつは俺らでもどうとでもなるんだが、俺らと同じサイズぐらいのやつになると手がつけられなくなる。おまけに小さいやつは道端に転がってる死体を食うが、デカくなると生きてるやつを食う。で、ここらには動物なんてものはいねぇし、いたとしても俺ら人間が捕まって食うから、人間を襲って食う。しかもめんどくせぇことに、こいつらは死なねぇ。いや、正確には死ぬんだが殺しても生き返る。山も菅局もこいつらの殺し方がまだ分からねぇみたいだから、殺したらわざわざ死骸をO.Wが起きた時のクレーターに運んで放り投げるようだ。まぁいくらあいつらの身体能力が高くても、あれは登れねぇわな。あれ、なんで俺こんなこと考えてるんだっけか?あ、そうか、走馬灯かこれ。ろくな人生じゃなかったと思ってはいたが、死ぬ間際にこいつらのわざわざ考えるかね普通。もっと色々あるだろ。

ガンッッ!!


金属音が鳴り響く。足音だろう。足が金属でできているのか?こいつらは


ガンッッ!!ガンッッ!!ガンッッ!!!


少しずつこちらに近づいてくる。今すぐ逃げたいところだが生憎足は折れているし、臓物が少し腹から溢れてる。


「こんなところで終わりか。まぁ20年も

生きた。大分長く生きた方かね」

男は自嘲的に笑う。迫る死が、抗いようのない命の終わりが迫る。


「どうか楽に..」

楽に殺してくれ、そう続けようとした男の言葉は


キンッッッ‼︎


という金属がぶつかり合う甲高い音でかき消された。


「これで分体はラストですかね。ってこいつもう結構食べてますね。」


黒いコートを羽織り、片手に槍を握った青年がウサギの化け物の顔を串刺しにした。どうやら上から天井を破ってきたようだ。穴が空いた天井から差し込む光が彼を照らす。金属製なのだろうか、黒い仮面の光沢が嫌に眩しい。


「そうかいそうかいそれは結構。形態はまだ1条のようだから回収は研究部のクソ野郎に任せとけばいいと思うからほっといておこうか。あ、ちゃんと連絡は入れておくんだよ〜??」


子供の声がする。

..俺もつくづく運がない。


「分かりました。ロアンさんに連絡しておきますね」


少年が薄く白い端末の液晶を片手で操作しながら近づいてくる。


「ちゃんと報告するんだよ?そうじゃないと私が怒られるから。前回報告し忘れて生き返ったやつが街中を闊歩していた時はもうダメかと思ったよ。幸いにも、バレる前に処理できたから私のキャリアは守られたがね。あれには嫌な汗をかかされたよ、まったく」


不機嫌そうな少女の声がする。ロアン、あの有名なクソ野郎の名前が出てくるということは菅局だな。山ではない....か。


「そうですね。あ、後処理だけして戻るので待っててくださいね」


菅局には絶対的な規則がある。種類は色々あるが、大体は大したものではない。しかし厄介な規則が一つだけある。


「早くしろよ〜暇だから。」

「分かってますよ、一人だけのようですし、すぐ済みます」


規則その116:怪我人は殺せ、邪魔だから

この規則は、奴ら自身にも適応されている。つまり、奴らもどんなに小さくても、傷を負ってしまえば仲間に殺される。

......頭おかしいんじゃねぇの。


「はじめまして。それではさようなら。良い旅を」


ドンッ、ドンッ、ドンッ

男が苦し紛れに放った銃弾が空を切る。


「.....残念ですが、私には当たりませんし、当たっても意味がないですよ」

「んなこた知ってんだよ」


青年が優しく男に告げる。しかし、男の狙いは最初から彼ではなかった


「俺が狙ったのはあんたの後ろの、、」

「仮に非常灯にあたっても、山はきませんよ。というかそもそもそれ使えたなら、ウサギが来た時に既に作動しているはずでは?」


...........


確かに


「はぁ....何してんだろうな俺は」

「そうですね。では今度こそ、さようなら」


青年が槍を俺の頭に向けて突き刺す。

怪物を殺す奴らが、人間を殺すだなんて、ふざけた話だ。

槍の先端が近づく。


あぁ。クソみたいな人生だったな。





3




「終わったのかい、焔?」

「終わりましたよ」

「そうかい、それは良かったよ。その調子でキリキリ働いてくれたまえねぇ?ただ飯食らいを脱却できるチャンスだぉ〜?」


上司からの罵倒を一身に受け、その身でふと考えたことを口に出す


「..........なぜ俺はあなたのような性悪幼女の下で働かなくてはいけないのでしょうか」

「自分の運のなさを恨むんだねぇ☆」

性悪って認めたし、こいつ。言いたいことは山ほどあるが、時間がない。上司の悪態にはスルーが一番有効的だ。俺が数ヶ月この上司の元で働いて得た知見である。


「はぁ.......はい、じゃ手上げてください」

「ん〜」


欠伸をしている少女を抱える。自分の方が早いくせに、なぜ俺に担がせるのだろう。対した重量もないため気にはならないが。


「君が心底私に苛立っている表情が見れる特等席だからねぇ、ここは。惜しむらくはその仮面のせいで君の顔がはっきり見えないことかねぇ。いい加減外してくれないかなぁ〜?」

「勝手に心読まないでくださいっていっつも言ってますよね?」

「あはは、ごっめーん☆」


HAHAHA、と高笑いをあげる性悪ロリ上司を抱え、地面を踏み込む。

「今失礼なことを考えたかな?」

「はい!じゃ飛びますんで、口閉じてください。」

「ン」

幼女が皆目見当がつかない何かを口走る前に、彼女の口を塞ぐ。


「せーのー」


気の抜けた声と対象に、その瞬間、黒い閃光が轟音を残してその場から飛び去った。跳躍したのだろう。


その場には先ほどまでいた彼らの姿はなく、ただ黒い閃光となった少年の残穢が佇んでいるだけであった。


ーーーーーーー


「焔?イート発現まであと何分かなぁ?」

風浴びて心地よさそうにしている幼女が問う。


「6分と少しです。ウサギの分体掃除に結構時間かかってしまいましたね」


そうだねぇ〜と自分から聞いたくせに興味なさそうに返事を返す上司に、苛立ちを覚える。


「にしても良い眺めだねぇここは。気に入ったよ、後でピクニックにでもこようかな」


高い場所に移動できて嬉しいのだろうか。上司が俺の頭の上で嬉しそうにはしゃいでいる。


「どうせピクニックとやらに行くときは俺に運ばさせるんでしょう?」


上司の口からピクニックという可愛い単語を聞き、思わず苦笑する。

なんだ、年相応なところもあるじゃないか。


「おーようやく私の下僕としての自覚が出てきたようだねぇ、感心感心」


上機嫌で返事を返す。



現在、少年と幼女は島を一望できる高さの真っ白い塔の上にいる。何のために、誰が作ったのか不明な不気味なほど巨大な塔だ。足場と呼べるような場所はないため、少年が塔の頂上のわずかなスペースに立ち、その頭上に少女が胡座をかいて座っている。


そんな彼らの和やかな雰囲気とは対照的に、彼らが見下ろしている町の中には、形容し難い様子のウサギが暴れている。形容し難いとあるのに、ウサギと形容して表現するのは矛盾しているかもしれないが、確かにウサギではあるのだ。頭部は可愛らしいウサギなのだが、胴が人間の腕、脚が人間の足でできている。脚の下にはいくつか抉られた傷がある。


「あの傷は、全滅した部隊、さっき俺達が一人残らず殺した化け物が残したもののようですね」

「そうみたいだねぇ。まったく、大の大人が10人集まってあの程度とは、仮にも菅局員として対価をもらっているのなら、自身の責務ぐらい果たしてもらいたいものだよ、まったく。まぁ確かに5級程度じゃしんどい相手かもしれないけど、もう少し頑張って欲しいなぁ。生きていて申し訳ないと思わないのかなぁ?あ、だから死んだんだねぇ、偉い偉い。己の価値をわかっている人間は嫌いじゃないよ〜」 


HAHAHA。先程までの様子とは打って変わって、死んでいった同僚たちに生き生きと罵声を浴びせる幼女の様子に、頭痛を覚える。


「はぁ..........」


焔が上司の将来を想像してため息をつく。いつかはイリアス本土に移るのに、こんな価値観で大丈夫なんですかねこの人は。と幼女の先の人生を心配する。


「で?アレの殺し方、なんか思いつきましたか?」

「愚問だねぇ〜私が思い付かないとでも?まったくこれだから...」

「あーもー時間ないんで後回しにしてください。で、俺は何をすれば良いんですか?」


上司の罵詈雑言タイムをキャンセルし、頭上の幼女を持ち上げながら言う。


「じゃあ、そうだねぇ、死体回収の連絡を命じてやろうかねぇ」


悪戯っぽく笑いながら抱えられた上司が言う。


こう見ると可愛いんだけどなぁ..

笑みを浮かべる上司に、本来ならば美少女と崇められるべき上司に、思わず見惚れてしまう。

白く長いツインテールに、鮮血のように美しい赤色の目、整った顔立ち。そして小さな体躯。

これで中身が上司じゃなければ、、、じゃなくて!!と、一瞬自身の脳内が年端も行かない少女に見惚れたと言う事実をかき消して、言う。


「わかりました。それじゃ俺はここにいるんで、頑張ってください」


「☆」


笑いながらピースサインを俺に向ける。


「はぁ.......はいじゃあ行きますよ!3、2、1」


そう言うと同時に、少年は眼下の巨大ウサギに上司である幼女を投げつけた。



4



現在、落下中。



「いやいやそれにしても顔だけは愛らしいんだがねぇ、いかんせんその体の醜悪さは愛らしいウサギの顔だけじゃあ拭い切れないねぇ」

高速で落下していく状況を意にも返さず、笑う。


「メ“ェ”ェ“ェ“ェ“ェ“ェ“ェ“!!!!!」

ウサギが叫ぶ。私に気づいたのだろう。攻撃をしようと胴の腕が連鎖的に積み上がる。異形で異様な光景だ。しかし、どこか神秘的なその様子に思わず目が奪われそうになる。


「危ない危ない。いくら私でもそれにつかまれたら死んでしまうかなぁ??まだ無能な肉塊にはなりたくないからねぇ」

追ってくる腕の塊を、空中で身を切って交わす。


「にしてもウサギってそんな鳴き声なんだねぇ。なかなか愛らしいじゃないか」


そう軽口を叩いた直後、叫ぶ


「「マーグ」!!」


黒い靄が幼女を包む。そのまま、黒い靄が、

ウサギの頭上に着地する。


「ははははは!!!楽しいねぇ!!こんな長時間落下したの初めてだよ!楽しいねぇ!!じゃあ死のうか!!!!!!」


興奮気味で恍惚とした顔の幼女がそう叫びながら、ウサギの頭に銃を突きつける。

先程までの服装から変化はないが、手には白い手袋が着用され、朱色の銃を握っている。


「死ね」


幼女がそう叫び、蒼い弾丸を放つ。

その小さな銃から射出された、さらに小さな銃弾が、ウサギの体が弾け飛ばす。


少女に迫ってきた腕の塊は、意志を失ったかのようにバラバラに別れ、落下していく。同様にウサギの体のいたるところが崩れていった。一つの意思を持つ巨大な肉の山は、頭部を残し全てが地面に散乱した。




&&&¥ーーーーーーーーーーー


ウサギの頭部と共に地面に落下した上司は、頭を抱えていた。


「ロアンさんに報告しておきましたよ。後片付けは任させて帰りましょう、次の仕事が来ているかもしれません」


いつのまにか背後にいた黒い仮面の青年がそう報告するが、しかしながら反応は返されない


「...どうしました?」

よく見れば、上司は頭を抱えたまま石像のように静止している。そしてその目線の先には、先ほど上司が倒したであろうウサギの頭部のみが散乱している。更によく見ると、ウサギの口が僅かに開き、人間の腕が飛び出している。


「あれがどうしたんですが?ただの死体じゃないですか」


「.........中を覗いてみろ....」


上司が、掠れた声で、そう告げる。この上司がここまで焦っているところは見たことがない。


........嫌な予感しかしないが、見て見ないことには何もわからないだろう。恐る恐る、言われるがまま頭部に近づきウサギの口を掴みこじ開ける。


「...................」


中の光景を見て、言葉を失った。

中には、イリアス本土の子供が通う学校の、青い装飾が胸元についた荘厳な制服を身に包んだ少女が横たわっていた。


かくして、その眼下に広がる現実、超上流階級の人間を巻き込んでしまったという、死刑宣告にも似た現実を突きつけられた少年は、頭を抱え石像の仲間入りをした。


5



「さ〜て焔くぅん?どうするぅ??」

「どうしましょうかね」


神妙な面持ちでテーブルに腰をかけ向かい合う少年少女。その隣、この事務所の小さな上司である幼女のイス兼ベッドに寝かされ、寝息を立てている少女がいた。


あの後、口の中から少女を発見したのち、具体的なこの致命的な事態の切り抜け方が何も思いつかず、ひとまず事務所に連れて帰った。


静寂が事務所を覆う。


「........殺して埋めるってのはどうだい?」

「馬鹿野郎ですかあなたは。そんなことをして、もし本当に貴族の娘だったらどうするんですか?我々二人どころの話ではなく、この島ごと消滅しますよ」


判断力が低下したであろう上司が、馬鹿なことを口走る。


「冗談に決まってるだろうが馬鹿野郎が。まったく、ユーモアのセンスに欠けている無能な部下を持つと上司はしんどいねぇ??」


いや今の目はどう見ても本気だったが?


と口に出したい気持ちをぐっと堪え。

お願いしますから、その口はこの窮地を脱出するためのみに今は使っていただきたい。


「はぁ.....で、どうするんですか?」


テーブルに並べた槍や仮面を手に取り、研磨剤で磨きながら言う。


俺の問いに、まぁ、この上司に任せたまえ、と啖呵をきる。


不安しかない。


「考えても見たまえ。彼女がもし貴族であるならば、どうしてイリアス殲滅隊が動いていない?既に我々は不夜の夜やオオカミ社の連中に殺されているはずだろぅ?あ、オオカミは既にイリアスではないのか」


上司は指を振り、わざとらしく頭に手を置きながら続ける。


「つまり、彼女は貴族ではない!よって殺しても構わない!いかがかな?私のパーフェクトな解説は。拍手喝采はまだかい?」

「はぁ...。じゃああの我々が何百年かかっても手に入れることのできない馬鹿みたいに上質な素材の服はどう説明するんですか?」

「............」


上司が笑顔のまま固まる。


「とりあえず、起きるのを待ちましょう?殺して、衣服を剥ぐのはその後でいいじゃないですか。仮に貴族でないなら殺せばいいだけですし、貴族だったとしてもイリアスの奴らにバレていないのであれば、記憶でも消してこっそり別の島に置いてきて責任擦りつければいいだけですし。どうも見た感じ戦闘をするタイプでもなさそうですしね、この子」


これが本当の建設的な提案という物である。この上司には見習ってほしい。


「というか上司、その無駄な時だけ心を読む謎スキルで彼女の心は読めないんですか?」


屈託のない笑顔を俺に向けて言う。


「... 私の辞書に、どうやら初めて不可能という言葉を刻めそうだね」


はぁ....。思わず頭を抱える。


「ま、わかってましたよ。本当に発動条件わかりませんね、上司のイート」

「そもそも持っていない無能の極みには言われたくないねぇ??」


そして、そんな馬鹿な話をしている最中


「.............そう言った類の話は、本人である私がいない場所で行うのが適切ではないのでしょうか?」


聞き覚えのない少女の声が響く。


「「............⁉︎」」


見知らぬ声の主の方に驚いて目をやる。先ほどまで寝息を立てていた少女がこちらを向いて、話しかけてきた。


どこから起きていて、どこまで話を聞かれている?......これはまずいな。迂闊だった。愚かな。いや、今はそんなことを考えている場合ではない。思考を切り替えろ。

脳の回転が目視で確認できそうなほど、思考を回す。


(今は、何を言うべきだ?誤魔化せるだろうか?いやまず、今すべきことは)


「初めまして、お嬢さん。お怪我がなくてよかった。先ほどあなたはこの町の隅で倒れていました。それで、私たちがあなたを介抱して、今に至ると言うわけです。つきましては、もしよろしければ出身地やお名前をお教え願ないでしょうか?」


彼女の情報を得る、それが今一番すべきことだ、と結論付けた。その間は一秒にも満たない。


「まず、あなたに名乗っていただくことは可能でしょうか?」


少女が無表情でそう告げる。


「炎焔です。では、改めてそちらの名前を伺っても?」


ここで偽名を名乗っても無意味だと感じた焔は本名を告げる。この判断は決して間違いではない。個人情報ではあるが、名前であれば直接どうすることもできない。よって、決して彼の判断は未熟故の不注意ではない。しかしこの判断が彼にとってあまりにも致命的に働く。


「そうですか。炎焔さん。いい名前ですね」


彼女はそう言い、右腕を俺に向ける。


「ばん」



視界が回る。先ほどまで自分の後ろにいた、上司と目が合う。先程まで目の前の少女を見ていたはずだったんだが?


と、そこで気づく。

俺死んだのか。




そしてそれが彼の最期の記憶であった。

彼女は腕を向けた、そしてその後、焔の頭部が爆けた。彼女どうやって焔の頭部を弾けさせたのかはわからないが、一つ理解できることがある。


「では。次はあなた。お名前を教えてもらえませんか?」


このままでは、私もああなると言うことだ。


そして何事もなかったかのように、私に名を求める少女をみやり

「どうしたものかねぇ〜これは」


と、独り言を溢す。


足元に転がってきた焔の仮面を手に取る。





まだ私は死ねない。いつか死ぬとしても今は。




6




頭部がひしゃげた焔の体がこちらに倒れてくる。


結局、こいつの顔を最後まで一度も拝むことはできなかったな。などと思考しながら、現状を打破する方法がないか、自身にも問いかける。


「お名前はなんと言うのですか?」


焔をゴミにした少女が話しかけてくる。

薄いピンク色のショートの髪だ。よく整っている。

無機質な赤い眼をこちらにむける。可愛らしい容姿とは裏腹な目の虚さに思わず身がすくむ。



長い間忘れていた感覚、絶対的な強者との対峙。


「あいにくながら名乗れるような名前はなくてねぇ。いやほんと、申し訳ない」


少女の右腕は、依然としてこちらに向いている。会話を途切れさせたら死ぬと告げる本能に従い、冷静を保ちながら続ける。


「君の名前を聞かせてもらってもいいかなぁ?いやぁ〜こっちも名乗ったんだし、もう聞いても構わないよね?」


「あなたの名前は聞かせてもらっていませんよ?」


「いやいや、先ほどあなたが殺めた焔くんが、しっかりと自己紹介したじゃあないですか。なら、先ほどの分の精算がまだお済みではないのでは?」


沈黙が訪れる。あれ、私死んだかな?


「確かに、そうかもしれませんね。良いでしょう」


少女がそう返す。相手の機嫌を損ねることがなかったことに感謝したのもつかの間


「先ほど焔さんとおっしゃる方には名乗って頂きました。ですのでこちらも返事を返させていただきますね。私はシャエル。オオカミ社で「兎」と名乗らさせていただいているものです」


兎、その単語を聞いた瞬間、幼女の表情がこわばる。「兎」、あのオオカミ社の十二使徒じゃないか、この子。


オオカミ社は、ただの一企業でありながら、イリアスに匹敵するだけの武力、財力を有している傭兵会社だ。設立自体は10年前と、最近の話ではあるが、その勢いは目覚ましい。オオカミ社の社長、不死身の狼こと黒川綾が率いる化け物集団。その中で一際目立つ者たちが、十二使徒。それぞれ何かしらの動物の名与えられている。

目の前にいる少女は、どうやら化け物の中の化け物のようだね。

そう理解すると共に


(では何故イリアスの制服を着用している?そもそも何故ここにいる?ウサギの口に入っていた理由は?目的は何だ?)


などといった疑問が頭をよぎるが、しかし今はそんなことを考えている場合ではない。今は脳のリソースを全て生きるためにはどうすればいいのか、それを探す為だけに使う。


「兎さんとは、なんともこのような貧相な島にはふさわしくない位の方がいらしましたねぇ?どう言ったご用件で?」

「あなたが知る必要はありません」


話を引き伸ばすための質問には、当然答えない。

垂れてきた冷や汗を舐める幼女に続ける。


「本題を話しましょう。単刀直入に言いますと、あなたには二つ選択肢があります慎重に選んでください」


意外な言葉に疑問符を浮かべる。選択肢?生かすも殺すも先ほど見せた力で従わせればいいのに、なぜわざわざ選択権を私に与える....?しかし、そんな思考は後回しだ。一言一句聞き逃さぬよう、少女の声に集中して耳を傾ける。


「一つ目、先ほど焔さんにしていただいたように、恒久的な活動を停止していただく」


(ふむ、それはごめん被るねぇ)

もう一つの選択肢は何か、それ次第で彼女の生存率が変わる。その彼女の今後の人生がかかっている問いとは。

少女が顔を赤らめながら続ける


赤らめながら.........?




「二つ目は、そ、その、、、、」


.......?急に態度が変わった....?え、なんだ?どう言うことだ?

意を決したかのような表情を向け、少女が再びこちらを見る。


「あ、あなたの見た目が、とってもタイプなので、もしよろしければ、私と、つ、付き合ってもらえませんか!?!?」

「..........................................................は......?」


焔が目の前で死んだ時ですら動作を止めることがなかった思考が止まる。

全く想像だにしていなかった言葉に、思わず声が漏れた。


佐藤サイトウは私のおじいちゃんの名前かもしれない

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