番外編 とあるメイドの… side エミール
ツェツィーリエお嬢様は今日も麗しい。
朝。カーテンを開けて、朝日の眩さに軽く眉根を寄せて『う〜ん』とむずかるようにむにゃむにゃと一頻り言った後、小さなあくびと共に目覚めるお嬢様。
サラサラと流れる黒く長い髪も、僅かにしか見えない黒い瞳も、それはそれはお美しい。まだ夢から完全に目覚めきっていないのか、ふわふわとしたぼんやりとした笑顔を見せているのもまた、お可愛らしい。
見ているだけで創作意欲が湧く美貌というものがあるというのを、お嬢様と出会って私は初めて知った。
初めてお会いしたのは、お嬢様がまだ3歳の時。まだ幼児だというのに、その圧倒的なまでの美貌に私は感動して『ありがとうございます!見ているだけで創作意欲がわく美貌なんて初めてです!』と、言わなくていい事までポロッとこぼしてしまったのをよく覚えている。
昔から、想像することが好きだった。想像の中で、私は様々な人物になれたから。いつしか、その想像を忘れてしまうことが勿体なく思えて、文字に残すことが習慣になった。その想像を書き殴った紙はいつしかトランクケースいっぱいになり、そしてある日、後輩のフランチェスカに見つかった。
「凄いですわ、エミール!貴女発想力も文才もあるのね!」
手放しで褒めてくれるフランチェスカを見て、人の隠れた趣味をこっそり読んでいたことの怒りを、思わず忘れてしまった。そして、私の秘めていた欲が出てきてしまった。
【人に認められたい】という欲が。
でも臆病な私は、その欲を心の奥にしまい込み、厳重に鍵をかけて封印した。そうして過ごしてきたのに。
ツェツィーリエお嬢様を見た瞬間、次から次へと想像が膨らんで、文字を書くのが追いつかない程だった。
そして、お嬢様がお屋敷に来てから5年が経ったある日。私はほんの気まぐれで出版社へと原稿を持ち込んだ。
鍵をかけてしまい込んでいた欲が、実はもうとっくに出てきてしまっていて、抑え切る事が出来なかったからだと、今になって思う。
出版社の人は私の原稿を褒めてくれたが、あともう少し刺激が欲しいとも言われた。私は、自身が刺激のないつまらない人間だと言われているような気分になって、出版社の人が度肝を抜かすような話を書こうと思った。
そして考え、たどり着いたのが、夜の営みに関する描写だ。下品になり過ぎないように、でも官能を引き出すような文を書くのはとても難しかったが、書き上げた時にはなんとも言えない達成感があった。
そして改めて持ち込んだ原稿は、出版社の人の太鼓判を押され、【美人妻リーゼロッテ~魅惑の時間~】として出版され……ヒットしてしまった。
その段になって、私は自分の仕出かした事に大いに慌てた。お屋敷に仕えるメイドでありながら、官能小説を書く女。しかも、仕えている主人はまだ8歳の少女だ。
これは暇を出されるかもしれない。そう覚悟して、お屋敷の主であるフィリップス様に全てを打ち明けた。美貌の主に、自分は官能小説家だと打ち明けるのはたまらなく苦痛な時間であったが、自分のした事なのだから仕方がない。
フィリップス様は、私の話を真剣な顔でお聞きになって、1つため息をついた。
何を言われるのだろう。罵倒で済めばいいが、ツェツィーリエお嬢様に悪影響を及ぼすと暇を出されたら?責任を問われて王都には居られなくなるかも知れない。悪い考えが頭の中をグルグルと回って気分が悪くなってくる。
「エミール、お前……」
フィリップス様が重い口を開く。その続きを、私は死刑宣告を聞くような気分で待つ。
「……面白いな!」
「は?」
想像もしていなかった言葉に、思考が止まる。先程までの重い空気は何だったのかと思う程、フィリップス様は今、愉快そうにゲラゲラと笑っている。爆笑といってもいい笑い方なのに、どこか品があるのは流石だと思う、っていや、違う。え、面白いなってことは、許してもらえたっていうこと?どういう事?
頭の中のはてなが顔に出ていたのか、フィリップス様は笑いすぎて滲んだ涙を拭いながら言葉を続けた。
「エミール、お前は優秀なメイドだ。そんな事くらいで暇を出したりはしない。だが、ツェツィにはまだ早いから、話すのはもう少し待つように」
「あ、ありがとうございます!」
そうして旦那様の公認も得た私は、【美人妻リーゼロッテ】がシリーズ化する程、執筆活動にも力を入れ、同時に美し過ぎる程お美しいツェツィーリエお嬢様のお世話にもやりがいを感じていた。
旦那様と相談して、ツェツィーリエお嬢様が15歳になった際、私の副業を打ち明けることにした。どんな反応をされるのか今から恐ろしいが、旦那様に似て寛容なツェツィーリエお嬢様の事だから、そう悪いことにはならないだろう。
その時の私はまだ知らない。
12歳になったお嬢様に、私の副業が思わぬ形で知られる事を。
突然の事に動揺して、醜態を晒してしまう事も、全て。
お読み下さりありがとうございました。




