81.覚悟 side レオナード
ギンと契約を交わしたその翌日、僕はお祖母様の住む屋敷へと向かっていた。
お祖母様がいるという部屋に案内されると、ドアが向こうから勢いよく開いたので、僕は驚く。
「レオナード!ツェツィーリエちゃん、彼女は大丈夫だったの!?」
王太后陛下であるお祖母様ともあろう者が、僕に掴みかからんばかりの剣幕で詰め寄ってくる。それだけツェリの事を心配してくれているのだろう。
「大丈夫ですよ。手紙にも書きましたが、ツェリは無事です。アルバートに殴られた頬は赤黒く腫れていましたし、少し不安定にもなっていましたけど、でも帰ってきてくれた」
少しずつ毒を流し込むように、アルバートの行った事を会話に混ぜ込み、侵食させていく。案の定、今の僕の言葉を聞いたメイド達は、顔を少し歪めている。
「アルバートは、そんな酷い事をしたの?」
お祖母様も信じられないご様子だ。
「はい。話を聞いた時、私も信じられなかった。信じたく、なかった。だけど、それは紛れもない事実だったのです。アルバートは、か弱いツェリを怒鳴りつけた後、暴力を振るった」
言葉にするだけでアルバートへの怒りが、マグマのようにふつふつと湧いてくる。僕に、こんな激情があるとは。
「アルバートの事は、きっと貴方に任せるのが1番なのでしょう。貴方にばかり負担を掛けて申し訳ないけれど、頼むわね、レオナード」
「はい、お任せ下さい、お祖母様」
アルバートには、罪を償わせる。僕の、この手で、必ず。
「ツェツィーリエちゃんは私の名で呼び出されたと聞いているわ。呼び出したというシスターは、どうなったの?」
「彼女は今、ギンという男の元で働いています。そして、私はギンと契約を交わしました。よって、私は彼女に罪に問うつもりはありません。最も今、彼女は神に仕える身でありながら、罪を犯してしまった苦しみに苛まれているようですが」
「そう、でもそれはあの子の背負うべき罪の重さだわ。私達は何も出来ないし、してはいけない」
「分かっています。ですが、あのシスターが罪を犯してしまった理由が、幼い妹の診察料、薬代欲しさだったと聞いております。当然、彼女の罪は罪。しかし、この国のあり方もまた、罪なのではないかと思うのです」
「あの子の妹は、醜いのね?」
「はい。醜い事を理由に診察もしてもらえず、診察をしてもらえたとしても、法外な診察料を取られたのだと言っておりました。そんな時、ギンに話を持ちかけられて、乗ってしまったと。彼女も追い詰められていたのでしょう」
その場に深い沈黙が訪れる。
「この国の、醜い者に対する扱いは異常です。だけどそれは、この国がギリギリの状態だから。人々が、下には下がいると、アイツよりはマシだと、そう思わなくてはやっていけない、そんな状態だからです」
「レオナード、貴方……」
「お祖母様、私は覚悟を決めました。意味は、お分かりですね?」
お祖母様は僕の言葉を聞き、静かに涙を流し、頷いた。それはあまりに静かな涙で、僕は胸を締め付けられる気持ちになりながら、そっとその場を辞した。
お祖母様、申し訳ありません。きっと貴女にとっては、身の切られるような痛みを、僕は強要しようとしている。それでも、辞める訳にはいかないから。
教会から王城へと戻り、僕は臣下の前で宣言する。
「私は王になる」
その一言に、全ての決意を込めて。
「私を呼び付けるとは、何様のつもりだ?レオナード」
不愉快だという気持ちを隠しもせず、尊大に玉座に座る父上は言う。隣にいる母上も嫌悪を隠さない表情を浮かべている。僕は父上から目線を逸らさず、ハッキリと言い放つ。
「今日は、父上、母上。貴方達の罪を暴く為に参りました。僕は決して、貴方達を許しはしない」
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