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74.ストレスフルな一日

 ゆらゆら、ゆらゆら……。

 深い深い海の底で漂っているような気分。身体の感覚が無くなって、でも何かに揺られているのは分かる。

 先程に比べて、段々と思考は鮮明になっていくのに、それに反比例するように何も感じない身体の、そのアンバランスさが酷く恐ろしい。


 目も開けられず、身体も動かせない状況の中、私はひたすらに思考を続ける。そうでもしないと、この暗闇の中で気が狂ってしまいそうだった。


 最初に聴覚が回復した。ガラガラと車輪が回るような音、パカパカと馬の蹄が地面を蹴るような音、チャリチャリと小石が跳ねるような音……その全ての音から、今馬車に乗せられているのではないかと察する。

 次に嗅覚が回復し、身体の感覚も徐々にではあるが回復していった。


 感覚を研ぎ澄ませ、私は麻袋のような大きな何かに入れられ、荷馬車に無造作に乗せられているのだと、何となくではあるが知る事ができた。


 何処に向かっているのか、誰がこのような事を指示したのか、恐ろしくてたまらない。小刻みに身体が震え出すのを止められない。

 落ち着け、落ち着くのよ、私。ここで意識が戻っている事を悟られてはいけない。今荷馬車を操っているのは指示を受けただけの者に過ぎないだろう。そんな者にもし私の顔を見られたら……?

 恐ろしくなって更に震えそうになるが、レオンの顔を思い出し、何とか心を落ち着かせようとする。公の場では頼りがいがあり、男らしいレオン。でも、実は甘えたで不器用で可愛いレオン。

 大丈夫。きっと、レオンはどんな手を使っても助けに来てくれる。それまで、私は身を守ることを最優先に考えなくてはいけない。

 大丈夫、大丈夫よツェツィーリエ。私がする事は、ただひたすらに自分の身を守ることだけ。


 私は身体が震え出すのを止めるために、自分に言い聞かすために、ひたすらに頭の中で大丈夫だと唱え続けた。



 ずっと感じていた振動が止んだ。バサッと何かをめくる音がして、荷馬車が少し軋むような音がする。そして、急に体が浮いた。私は既の所で悲鳴を抑え、浮遊感に耐えるためギュッと強く目をつぶった。

 お腹に強い圧迫感。私は俵のように抱えられているのだろう、抱える人の振動に合わせてお腹が押され、声を漏らさないようにするのに必死だ。


 しばらく耐えた後、私は乱暴に何か柔らかいものの上に落とされた。その部屋には他にも人がいたらしく、ボソボソとした会話が聞こえてくる。


「アルバの旦那、命令通りに連れてきましたぜ」


「ご苦労だった。もう帰っていいぞ」


「あぁ、支払いはこちらになりますんでね、よろしく頼みますよ」


「なっ!こんなにするのか!?ぼったくりではないのか!」


「言っときますがね、アルバの旦那。アンタの要求通り、このお嬢ちゃんを拐ってくる為に、いくら使ったとお思いで?払えねえってんなら、この話は無かった事にしてもらう。勿論、このお嬢ちゃんは連れてきますよ」


「お前!!!僕に向かってアンタとは何だ!僕が何者なのか知っているだろう!?この僕にそんな口の利き方をしていいと思っているのか!」


「知ってますとも、アルバート第二王子殿下。だが、この事を知られてマズいのはアンタもだろう?」


 あぁ……。【アルバ】という名前、聞き覚えのある大声、尊大な態度に、どうか違いますようにと願っていたのに。現実はいつだって残酷だ。


「うるさいうるさいうるさい!!!」


「まぁ、そんなカッカしなさんな。約束を守る限り、俺はアンタの味方ですからね」


「こんな契約は無効だ!!とっとと出ていけ!当然彼女は置いていってもらうがな!」


 その言葉と同時に、複数の足跡が部屋の中に入ってくるのが聞こえた。第二王子殿下と話をしていた男性は、念を押すかのように訊ねた。


「それが、アルバの旦那。アンタの答えで?」


「ふんっ!これだけの大人数に囲まれては、お前も何も出来ないだろう!!」


「よく分かりました。今までお世話になりましたね、旦那。ではお元気で」


 そう言った男性の声は恐ろしい程に凪いでいて、それなのに何故か私は鳥肌が止まらなかった。


 男性を追い出して満足したのか、第二王子殿下は複数いた人たちも部屋から出し、私が入っている袋をガサゴソと触りだした。先程とは違った意味で鳥肌が止まらない。

 袋を破いたのか、はたまた元々そういう構造だったのかは分からないが、袋が開き、まぶた越しに光を感じる。

 今まで袋という密閉された空間にいたからか、肌に触れる空気が少し冷たい。


「あぁ、何と美しいのだ、ツェツィーリエ。やはり、貴女は兄上の傍にいるような女性ではない。早くその目を開けて、闇夜のような黒いまなこで私の事を見ておくれ」


 全身全霊をもってお断りします!!!勝手に口が動きそうになって、凄く慌てた。実際少し動いてしまったので、むにゃむにゃとそのまま動かして、夢を見ているような演技をした。


「あぁ、どんな夢を見ているのかな、ツェツィーリエは。早くその可憐な唇にも触れたいな。だが、初めては一度きりだから、ツェツィーリエが起きている時にしよう。あぁ、今から楽しみだ」


 最後に第二王子殿下は頬を一撫でして去っていった。うぉおおお!!気っ持ち悪い!!!触られた頬を拭いたくて仕方ない。どうしよう、でも今起きてもいいものなの?


 悩んで悩んで……気が付くと寝ていた。何を言っているのかと思うだろう、私もそう思う。何て緊張感のない女なの、私!でも、言い訳をさせてもらえるのなら、極度のストレス状態に長時間さらされて、心身共に疲れ果てていたのだ。

 目をつぶってずっと横になっていた事もあり、朝までグッナイコースだった訳だ。


 そして今。

 寝ていた事に驚いて飛び起きた私は、メイド服を着たクローヴィアと部屋で向かい合ったまま固まっている。

 もう一度言おう。メイド服を着たクローヴィアと、だ。

 ………なんでこうなった。


お読み下さりありがとうございます。

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