65.王太后陛下
荘厳な佇まいをみせる教会の前で少し立ち止まり、大きく深呼吸をする。緊張で口から心臓が飛び出しそう。何故こんなに緊張しているのかと言えば、今日から王太后陛下による正妃教育が始まるからだ。
レオンの(恐らく好意的であろう)親族との初対面。緊張するなというのは無理な話だ。
「ツェツィーリエお嬢様、参りましょう。お時間が迫っております」
「分かったわ、フランチェスカ」
教会へ王太后陛下に正妃教育を受けに行くと聞いて、エミールさんが初め来たがったのだが(恐らく小説の取材も兼ねてに違いない)、今回は休みの関係で、フランチェスカさんが同行してくれることになった。
フランチェスカさんも私も、ガチガチに緊張しながら教会の門をくぐり、そこで待っていてくれたシスターに案内され、大聖堂を通り過ぎ、その奥のお屋敷へと進んだ。
教会の大聖堂の奥にこんなお屋敷があるのは知らなかった。いつも、ステンドグラスが立派な大聖堂にしか目がいかず、奥にまで目を向けていなかったからだと思う。
そのお屋敷は、白を基調としたシンプルな作りながら、品の良さを醸し出す、高貴な方が住んでいるに違いないと思わせるような建物だった。
シスターは御屋敷の中の大きな扉の前で立ち止まると。
「王太后陛下、ツェツィーリエ・フォン・シュタイン公爵令嬢をお連れしました」
と扉をノックした。
「入りなさい」
威厳のある女性の声が聞こえ、扉が開かれる。いよいよ、対面の時……!
扉を開けた先、ソファーに座っていたのは小太りの優しそうなお婆さん、傍には横に大きい年配のシスターが立っている。恐らくソファーに座っている方が王太后陛下。
「お目にかかれて光栄です、ツェツィーリエ・フォン・シュタインと申します。以後お見知り置きくださいませ、王太后陛下」
頭を下げて、声を掛けられるのをじっと待つ。
「顔をあげてちょうだい」
お声がけいただき、顔をあげる。
「ツェツィーリエさん、どうぞこれからよろしくね」
そう挨拶をしてくれる王太后陛下を見て、目玉が飛び出るかと思った。なぜなら、その挨拶をしてくれた方が、ソファーに座る小太りのお婆さんではなく、傍に立っている、私がシスターだと思い込んでいたその人だったからである。
私の、目玉が溢れんばかりに見開かれた目を見て驚いた様を察したのか、修道服をきた王太后陛下は嬉しそうにソファーに座る小太りなお婆さんに話しかける。
「ミネタ、ツェツィーリエさんったらあんなに目をまん丸に見開いて、驚いた顔も可愛いのね」
「可愛いのね、ではありません。全くまた私をこんないたずらに巻き込んで……」
「あら、だってツェツィーリエさんきっと緊張しているでしょう?ドキドキしたら緊張も解れるかと思って」
「協力した私が言うのもなんですが、恐らくツェツィーリエ様には劇薬並の衝撃でしたよ」
ポンポンと遠慮ないやり取りが目の前で繰り広げられ、若干の置いてきぼり感が否めない。
「ごめんなさいね、ツェツィーリエさん。緊張をほぐそうと思ったのだけど、失敗してしまったかしら?」
「い、いえ!驚いた衝撃で緊張もどこか飛んでいきました!」
これは事実。余りにも予想外のお出迎え方法だったので、張り詰めていた気持ちはなくなった。
「ほら!ミネタ、やっぱりこの作戦は成功だったのよ!」
「ツェツィーリエ様の優しさに感謝ですね」
ニコニコと笑う王太后陛下を見て、単純な私はなんだか上手くやっていけそうな気がするのだった。
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