97 唯一できること
翌朝、マリアはルーファスに言われ、いつもは馬車の中で抱っこしているブラックを外に出した。「フェンリル」という生物はもともと森林を棲み処としているため、今後予想される戦いにおいて、何か役に立つかもしれないとのことだった。
「これからはルールのない命を懸けた戦いだ。マリアは俺がいいと言うまで、何があっても絶対に外に出るな。声も出すな。いいか、約束は必ず守れ。自分の身を守ることだけに専念しろ」
マリアは出発前にルーファスから何度も念を押された。それはむしろ懇願に近く、あまりに真剣なルーファスの様子に、マリアは首ふり人形のようにひたすら頷くしかなかった。
「ルーファスに迷いが出たらさすがの彼でも危ないわ。そして彼が倒れたときは、私たちが終わるときよ。マリアちゃんは本当に気配を消して隠れてなさい。これは私からもお願いよ」
デリシーからもそう言われ、マリアは決意を込めて約束した。
「はい! 言われたことは絶対に守ります……!」
無力なマリアに唯一できることは、馬車の中で息を潜めてじっとしていることだった。マリアはこれ以上、ルーファスとデリシーの足手まといになりたくなかった。




