9 俺以外と結婚しないで
マリアはまったく関知していなかったが、セバスとドリーが何の脈絡もなく、クルーガー侯爵との結婚について話をするとは思えない。
どの程度進んでいるかはわからないが、話自体は出ている可能性が高いように思われた。
「ともかく、クルクルなんとか侯爵と結婚なんて嫌だって、ギルバート様にはきちんと言うんだぞ」
エドの中では、侯爵との結婚をマリアが嫌がって断るという前提で話が進んでいるようだった。
「ええ、そうするわ」
マリアはエドの言葉に素直に頷いた。
噂のクルーガー侯爵と会ったのは約1年前のたった1度きりだが、マリアは彼に悪い印象をもってはいなかった。それでも自分の父親とそう違わない年齢の人との結婚だなんて、ピンとこない。
仮にほかの男性が相手でも、結婚なんて遠い未来のことのようで、まだ決めてしまいたくなかった。もし結婚の話をされたときには、今の自分の気持ちを正直に話すしかない。そうすれば、優しい父親はきっとわかってくれるはずだ。
マリアが頷いたのを確認して、エドはほっと息を吐いて、ようやく彼女の細い肩から手を離した。その様子を見て、彼女の小さな胸には温かな気持ちが溢れてくる。
(エドは私のことをとても気にかけてくれるのよね。たくさん意地悪はするけど、なんだかんだ優しいんだから……)
「エド、心配してくれてありがとう」
そう言ってマリアがふわりと微笑むと、彼は熟れたトマトのように真っ赤になって固まってしまった。
エドはそっと呟いた。
「俺以外と結婚なんてするなよな、マリア……」
けれど、彼の呟きはあたたかな庭園の木漏れ日に溶け、彼女の耳には届かなかった……。