88 慚愧の念
「出してしまったものは仕方ないが、これからは手紙を出す前には俺に相談してほしい。今回の手紙で間違いなく、早晩侯爵は俺たちの居場所を突き止めるだろう。俺も当然気をつけるが、マリアも今後はもう少し気をつけてくれないか?」
ルーファスはマリアが黙って手紙を出したことは責めなかったが、それでも彼の言葉は彼女を反省させるには充分なものだった。
「ルーファス……ごめんなさい……。これからはそうするわ……。ザクセンで突然色々なことが起こったから、気持ちの整理をしたくて……深く考えもせずに書いてしまったの……」
ここまで話してマリアは口をつぐんだ。そして彼女の透き通るような空色の瞳から、涙が一筋零れ落ちた。マリアは美しい無垢な瞳でルーファスを見つめ、震える声で彼に問いかけた。
「ルーファス……教えて? 好きになった相手に恋人がいた場合、どうすればいいの……?」
恋の迷宮に迷いこんだマリアは、手紙を書いても気持ちが整理できないどころか、ルーファスへの想いをどうやっても断ち切れそうにない自分に気づかされただけだった。
未だ深い苦しみの中でもがいていた彼女は、ルーファスのことを彼自身に相談するのはおかしいとはわかっていたが、それでも構わないくらい誰かに助けてほしかった。
「大切な相手の幸せを壊してまで、自分が幸せになんてなれるわけないもの……。でも、どうしても諦められそうになくて……。もう私、どうしたらいいのかわからないの……」
愚かにもルーファスは今ようやく、自分がこれほどまでにマリアを傷つけていたことを思い知った。彼が宝物のように慈しんで見守ってきた大切なマリアは、彼の目の前で涙を流している。
ルーファスは自分にはもう彼女を慰める資格もないような気がしたが、だからと言って彼女を放ってはおけず、マリアを引き寄せて自分の腕の中に閉じ込めた。マリアはルーファスに抱きしめられるままに、彼の広い胸に顔を埋めた。
「初めから逃げたりせずに、私は侯爵様と結婚していれば良かったの……? 侯爵様が私を受け入れて下さるのなら、今からでもお家に戻った方がいいのかもしれないって……1人で考えていたら、不安でたまらなくなってしまって……」
マリアはか細い声で、ルーファスに心のうちをさらけ出した。彼女の白い頬を涙が伝い、月の光を集めたような優しい金色の髪が彼女のひどく弱々しい表情を包み隠す。その悲しみに沈む姿でさえも儚く美しくて、彼の腕の中から夢のように消えてしまいそうだった。
ルーファスは慚愧の念に堪えず、その端正な顔を歪めた。彼女をここまで悲しませた自分のことが、誰よりも許せなかった。
「マリア……本当にすまなかった。マリアが誤解しているのはわかっていたのに、きちんと説明もしなくて」
「誤解……?」
マリアは驚いてルーファスの顔を見上げた。
「ルーファスは、私の気持ちをどこまでわかっているの? ……デリシーさんは違う……の……?」
「マリアの気持ちは知っているつもりだ……。デリシーは数少ない信頼できる人間の1人には間違いないが、そういう関係じゃない」
ルーファスは鈍感なマリアの心にも届くようにと願い、彼女の美しい瞳の奥の奥まで見つめて、はっきりと告げた。
「俺が好きなのは……今も昔もマリア1人だけだ」




