87 エドへの手紙
「まさか出したのか?」
マリアは気まずそうに小さく頷く。
「でも……セバスとドリーには心配をかけたくなかったから、詳しいことはほとんど書かなかったの。エドへの手紙も、セバスたちの手紙に同封して、彼らからエドに渡してもらうようにお願いしたわ。だから侯爵様に手紙が渡ってしまうことはまずないと思うの。大丈夫よね……?」
マリアはデリシーから、手紙の投函の可否までいちいちルーファスに相談していることを呆れられてしまったことで、決められない自分を恥ずかしく思い、勢いで出してしまったのだ。
楽観的なマリアとは対照的にルーファスは頭を抱えた。
「問題はエドへの手紙なんだ……。エドへの手紙には何を書いた? あいつは屋敷から騎士学校の寮に移ったはずだ。侯爵とはいくらでも接触する機会がある。エドなんて侯爵の手にかかれば、あっという間に吐くぞ」
「エドは私のことを簡単に話したりはしないと思うわ」
それを聞いたマリアは咄嗟にエドのことを庇う。そんなマリアを複雑そうに見つめ、ルーファスはゆるく首をふった。
「エドに話す気が有ろうと無かろうと、そんなことは侯爵には関係ないんだ。あの人を見くびらない方がいい。何をどこまで手紙に書いたんだ? 今のうちに俺に全部教えてほしい」
彼女らしくもなくルーファスに反論してしまったマリアだが、彼の言葉にとんでもないことをしてしまった気がして不安になる。
「えっと……無事に国境を越えて、王都シュバルツを目指すことと、治安が悪いから王都まではもう1人女性が同行してくれることと、私が髪を切って男の子のふりをすることと、今は『マリク』と名乗っていることと……あと……」
「何もかも書きすぎだろう……。しかも、まだあるのか?」
ここでさすがのマリアでも口ごもった。ルーファスには言いにくい。
「……失恋したこととか……」
「は?」
「でも、もともとエドとは何でも話していたからおかしくはないでしょう……? 私もエドに、好きな子の名前を聞いたことがあるし……」
「鈍いっていうのは究極の免罪符だな……。普通なら聞けないぞ……」
ルーファスはなぜか驚いていたが、マリアにはその意味はよくわからなかった。
「さすがに秘密みたいで、誰を好きなのかは最後まで教えてくれなかったの。まだお相手に気持ちが通じていないのですって」
マリアがエドに失恋の話をした理由は、たった1つだった。彼女は初めての失恋に心が深く沈んでしまって、この数日間は息もできないくらいの苦しみの中にいた。マリアは誰かに自分の気持ちを話せば、少しでも心の重荷が減らせるのではないかと考えたのだった。
「報われない恋をしているエドなら、失恋した私の気持ちもわかってくれる気がして……」
マリアは失恋ごときでここまで落ち込んでしまう自分の弱さが恥ずかしくて、最後の方はほとんど消え入りそうな声で呟いた。
マリアが失恋したとなれば、エドは何かしらのアクションを起こすに違いない。エドの動向は確実に侯爵に監視されているから、仮に手紙の内容が侯爵に知られなかったとしても、エドの行動から自分たちの居場所が侯爵に知られてしまうのは時間の問題だった。
手紙のことをマリアに相談してもらえなかったことが、後々どう響くんでしょうか?




