86 ガルディア王国の闇
マリアは宿に戻ってすぐに洗濯をして、服についた血を洗い流した。服を部屋に干しながら、デリシーに気になっていたことを尋ねる。
「ガルディア王国では、人身売買が行われているんですか? さっきのひったくりの男の子がそう言っていて……」
「そうよ、この国は貧富の差が激しいのよ。貧困ゆえに子どもを売るのも、そう珍しい話ではないわ。中には誘拐されて売られる子もいるけど……。売られた子は奴隷として過酷な生活を送ることになるの。
特に王都は貧富の差が激しくて、『アンダーシュバルツ』と呼ばれる一大スラム街もあるわ。そこは危険だから、王都に行っても絶対に足を踏み入れないようにね」
マリアは一見華やかなガルディア王国の闇を知ってしまい、やるせない気持ちになった。ちょうどそのとき扉がノックされ、ルーファスが入ってくる。
「また余計なことに首をつっこんだらしいな、マリア」
「どうしてわかるの?」
デリシーが話したのだろうか。思わずマリアがデリシーを振り返るが、デリシーはすぐに首を横に振った。
「お話なら2人でごゆっくりどうぞ。お腹もすいたし、私は食堂で何か食べてくるわね」
デリシーは逃げるように退散してしまい、必然的にマリアとルーファスが部屋に残される。
「マリアが血をつけて帰って来たと、宿の女将から聞いた」
宿の女将さんは、超絶美少年「マリク」のことをチェックインしたときからかなり気にかけていた。「マリク」が服に血をつけて帰ってきたときには顔面蒼白になって心配してくれたくらいなので、女将さんは親切で「マリク」の保護者らしいルーファスにも今回のことを報告したのだろう。
マリアがルーファスにも事情を説明すると、彼は若干渋い顔はしたものの最終的には納得してくれたらしい。
マリアはふと、今回の経緯について話しているうちに手紙のことを思い出した。ひったくりに遭ったとき、彼女はデリシーと手紙の話をしていたからだ。
「ルーファス、一応確認したいのだけど、セバスとドリーとエドにお手紙を出すのは良いわよね? もうセバスたちも田舎に戻っている頃だと思うから、無事に国境を越えたことを伝えたいの。叔父様には出さないから……」
ルーファスは少し考える素振りを見せたがすぐに頷いてくれた。しかし手紙を出すには彼なりに条件があるようだった。
「手紙を出すのは構わない。ただし、マレーリー様には俺が良いと言うまでは絶対に出すな。エドもマリアから手紙が届いたとなれば間違いなく態度に出るから、余分なことは一切書かないようにしてほしい。侯爵にカマをかけられたら終わりだ」
ルーファスの言葉にマリアはおずおずと申し出た。
「……あの、実はお手紙はもう書いてしまったの……」
何でもルーファスに相談するマリアが、彼に許可を取らずに手紙を出すとは思えないが、ルーファスは念のため確認した。
「出してないよな?」
マリアの目が明らかに泳いだのを見て、ルーファスは顔を強ばらせた。




