85 売られていく少年
その少年は灰色の髪に炯々とした赤い瞳をしていた。
「そんなガキ、放っておきなさいよ。あなただってお財布を盗られたんでしょう?」
デリシーはそう言うが、傷だらけで横たわっている少年はあまりにも痛々しくて、マリアはそんな彼をどうしても見捨てることができなかった。
マリアはなんとか1人で少年を引きずって、先ほど通りすぎた公園まで連れて行く。少年は傷が痛むのか大人しく彼女に身を任せていた。
少年をベンチに寝かせると、マリアはハンカチを水で濡らして傷口を清め、さっき買ったばかりの傷薬を塗ってやる。マリアはデリシーの呆れたような冷たい視線を背後から感じながら、彼女のできる範囲の治療を手早く済ませた。
治療を終えたマリアがそそくさと立ち去ろうとしたとき、今まで黙ってなすがままにされていた少年が突然彼女の細い手首を掴んだ。
「なぜ、助けた?」
「なぜって言われても……」
怪我をしてたから助けただけで、マリアは何も考えていなかった。マリアは財布を取り返すことができればそれで良かったので、少年のことももう許している。
「怪我をしていたから……」
「変な奴だな。おれの名前はカイ。お前の名前は? どこから来た?」
カイと名乗った少年は、冷たい目で睨むデリシーのことを横目で警戒しながらもマリアに話しかけてきた。
「アストリア王国から来ました。名前はマリクです」
マリアはあらかじめ決めてあった偽名を名乗り、女言葉が出ないように少年にも敬語で話す。
「やっぱり外国人か、この国にはいろんな髪や目の色をした奴がいるが、マリクのは特に珍しいな」
デリシーは途中で2人を監視するのも飽きたのか、それともカイという少年が今はマリアにとって無害であると判断したのか、少し離れたところでさっき買ったばかりの酒をあけていた。
マリアは公園のベンチにカイと並んで座り、彼と色々な話をした。彼はガルディア王国内に住む少数民族であること、生活が貧しくてひったくりをしたこと。
そうして話の最後に、カイは天気の話でもするかのように淡々とマリアに衝撃の事実を告げた。
「どのみち俺はもうすぐ売られるんだ」
「売られる?」
「この国では珍しくもない話さ。俺は一応、売られることに納得はしていないが理解はしている。またどこかで会えたら……いいな。優しくされたのは久しぶりだったから、少しだけうれしかったんだ……」
そうしてカイは照れ笑いの表情を浮かべ、傷だらけの身体を颯爽と翻し、マリアのもとから去っていった。
「やっと終わったの?」
「はい、お待たせしてごめんなさい」
「服にあのガキの血がついているわ。ルーファスに見つかる前に早く帰って着替えましょう」
デリシーに促されて2人は帰路についたが、マリアはカイの「売られる」という衝撃的な言葉が頭にこびりついて離れなかった。




