84 ひったくり
日暮れまではあまり時間もないので、二手に別れて、定期市を見て回ることになった。
食料や飲み水などの重量のあるものはルーファスが、薬などの細々とした日用品はマリアとデリシーが、それぞれ買い集める。
あらかた買い物を終えたとき、デリシーがマリアに尋ねた。
「個人的に何かほしいものがあれば、今のうちに言ってね。次の街まではかなり距離があるから」
「それなら私、ブラックの首輪がほしいです。あとは、お手紙を出したくて……」
マリアは自分の後をちょこちょことついてくるブラックを見ながら、デリシーにお願いする。
「手紙は郵便局から出せるわね。首輪はペットショップで買いましょうか」
2人はペットショップに立ち寄り、ブラックの黒い毛並みに似合う赤い首輪を買った。
「ブラック、とっても似合っているわ。かっこいい!」
首輪をつけたブラックは、彼女の周りをくるくるとうれしそうに回った。
もう1つの目的地である郵便局は、ペットショップから宿に戻るまでの通り道にある。手紙はザクセンで眠れない夜に、セバスとドリーそしてエドに向けて書いたものだ。
敢えて唯一の身内である叔父のマレーリーに書かなかったのは、クルーガー侯爵に手紙の内容を話してしまう虞があるためで、叔父には申し訳なく思いつつも、もう少し距離が離れてから書くつもりでいた。
「でも、手紙はルーファスに相談してから出した方がいいのかしら」
「あらっ、そんなことまで相談しているの?」
マリアの言葉にデリシーは目を丸くする。
マリアはサーベルンでクルーガー侯爵に何もかも見抜かれていたのがトラウマになっていたのだが、デリシーにそんなに驚かれてしまうと、何も1人で決められない自分が忽ち恥ずかしくなった。
視線を手もとに落とし、考えこむ……。
そのとき。
感じたのは何かがぶつかったような、軽い衝撃。その衝撃の行方を目で追えば、自分と同じくらいの身長の少年が走り去っていくのが見えた。
「あ、お財布!」
マリアが鞄の中の財布が無くなっていることに気づいて声をあげると、買ったばかりの首輪をつけたブラックがすぐさま走り去る影を追いかけた。
ブラックのあとを追いかけて、マリアたちもそれに続く。公園やいくつもの細い露地を通り抜けると、男たちとすれちがった。
「あんたたちもあのガキに財布をとられたのか?」
「はい」
マリアが頷くと、男のうちの1人が路地の角を顎で指す。
「あそこの角でひったくりのガキが転がっているから、取り返してくるといい」
男の言う通り、路地を曲がってすぐのところに満身創痍の少年が横たわっていた。
どうやら相当手酷くやられて動けないらしい。マリアは財布を無事に取り返すことができたが、少年の怪我が気になって仕方ない。
「大丈夫……?」
マリアが声をかけると、少年はナイフのように鋭い眼差しで彼女を睨んだ。




