82 道中の会話(アーデルハイムまで)
マリアがまた悩んでます。
翌朝、マリアたちはアーデルハイムという街に向けて出発した。
ちなみに少年の姿になったマリアは「マリク」と名乗ることが決まっている。本名に近い名前にしたのは、間違えて呼んでしまったときにごまかしがきくようにするためだ。
マリアはルーファスが御者をしてくれている馬車に乗り、デリシーはその横を愛馬に乗って並走した。デリシーは細身の剣を腰に下げ、弓を背負っている。
デリシーは今は露出の少ないぴったりとした服装をしていた。
かえって強調される魅力的なボディーラインが艶かしいが、万が一その色香に酔った野盜に襲われたところで、彼女はマリアと違って自分の身を守ることができるので、何ら問題はないのだろう。
「デリシーさんは普段、何のお仕事をなさっているんですか?」
幌の中から顔を出したマリアは、素朴な疑問を口にした。美しく強い女性がどんな仕事をしているのか、同性として純粋に興味があった。
「王都とザクセンで小料理屋を経営しているのよ。おいしいお料理とお酒を出しているの。マリアちゃんもぜひ1度遊びに来てちょうだい」
デリシーは気楽な様子でウインクする。
「小料理屋さんなのに、戦えるのはどうして……?」
「そうねぇ……。戦えるようになったのは、昔治安の悪いところに住んでいて、自分の身を守る必要があったからよ。ルーファスには全然敵わないけど、我ながら強い方だと思うわ」
「デリシーは意外と料理もうまいんだ」
「『意外と』って失礼ね」
ルーファスとデリシーの親しげな会話に、マリアの胸がちくりと痛む。
そのとき、失恋の痛みが良からぬ考えを生み出して、マリアは自分の弱さを振り払うように激しく頭をふった。
(私ったら、侯爵様とあのまま結婚していた場合のことを、一瞬でも考えるなんて……)
恋を知らないままクルーガー侯爵と結婚していたら、失恋で傷つくことも将来への不安に焦ることもなかっただろう。
(好きになった人と、幸せな結婚をするために家を出たのに、初めての恋がもう終わってしまったなんて……)
マリアはこの旅の意味を見失いかけていた。楽しげに話す2人の姿がただ眩しい。
彼らが自分だけを置いてどこかに行ってしまうような気がして、将来への不安と焦りが、雪のようにしんしんと、孤独な心に降り積もっていった。




