8 エドという少年
エドは使用人の息子であるが、マリアとエドはお互いの立場をほとんど意識したことはなかった。それには彼女の父ギルバートの価値観によるところが大きい。
若い頃、見識を広げるために諸国をめぐっていたギルバートは、極めて先進的な思想の持ち主であった。彼は自身が貴族でありながら、ほかの多くの貴族がもっている歪んだ選民意識を嫌っていた。
そのため、マリアにもよく「人間としての価値はもって生まれた身分によって決まるものではない。生きていく中で自分で築き上げていくものだ」と話していた。
だからこそギルバートは、当然のように屋敷の使用人たちにも温かく接していた。
彼が当主となってからのアジャーニ家はいつも笑顔で溢れており、マリアとエドの関係はそのような環境から育まれたと言える。
2人は仲が良かったが、エドは貴族令嬢であるマリアを呼び捨てにし、いつも意地悪をしては泣かせていた。
エドは、1歳年下の天使のようなマリアが本当はかわいくて仕方がないのに、彼女を見ているとなぜかいじめたくなってしまうのだ。苦手な虫をもって追いかけたり、ルーファスにあげるためのマリアお手製のお菓子を勝手に食べたり……。
けれどエドは、彼女を泣かせていいのは自分だけだと思っていた。マリアが自分の知らないところで、1人で泣いているのは許せない。そんなときは、必死になって彼女を笑顔にさせた。
全然面白くない冗談を言っては笑わせ、無理やり気晴らしに付き合わせては彼女を慰めた。
そしてそういう優しいエドだからこそ、マリアにとって、彼はとても大切な人だった。




