72 ガルディア王国
ガルディア王国は、アストリア王国と直接東に接しているが、その面積はアストリア王国の4倍以上あった。国土の中央には、海のように広い湖があり、広大な土地にはいくつもの民族が住んでいる。繁栄した国である一方、貧富の差も激しく、治安が良くない地域も多いため、平和なアストリア王国よりも注意の必要な国だった。
その中で今2人がいるザクセンは、アストリア王国との国境に近いこともあり、比較的安全な街だとされている。マリアたちはほどなくしてザクセンの中心街にある宿に入った。ここはルーファスの知り合いが経営している宿らしいが、中心街の表通りから2本裏に入っていてわかりにくい場所にあった。「トムズ・イン」と書かれた古ぼけた看板は若干傾いていて、建物も手入れはされているが年季が入っている。
「やぁ、ルーファス、無事について良かったな」
宿のカウンターの奥から、だんご鼻の立派な顎ひげをたくわえた男性が話しかけてきた。
「あぁ、こっちのお嬢さんがマリアちゃんか。よろしくな、俺はこの宿のオーナーのトムだ」
マリアは丁寧にお辞儀をする。事前にルーファスが連絡していたようだ。
「こちらこそ、お世話になります」
ルーファスは頷き、トムが2人に部屋の鍵を渡す。
「……私とルーファス、別の部屋なの?」
「知り合いの宿でまで、夫婦のふりをする必要はないだろう」
「それはそうだけど……」
マリアはなんだかさみしく思う。ルーファスはそんな彼女の様子は気にもとめていないようだった。
「マリアの夕食は部屋まで運んでやってくれ。俺は外で食べるから」
「わかった。デリシーに会いに行くんだな。彼女、お前に会えたら喜ぶだろうな」
トムの言葉にルーファスは頷く。
「ああ、久しぶりだからな」
(デリシー……さん、って誰……?)
そして、初めて聞く女性の名前に、マリアはどうしようもなく胸がもやもやするのを感じた。




