70 時間の問題
ルーファスはブラックの鳴き声で、我に返った。急いでマリアから身体を離すと、彼女は大木に凭れかかるように座り込んだ。彼女は初めて知った快感にすっかり酔ってしまったらしい。でもその姿でさえも、スカートが花のように広がり、可憐な森の妖精のようだった。
本音を言えば、ルーファスはマリアのすべてをあのまま奪ってしまいたかった。しかし、今の彼女は明らかに様子がおかしいし、侯爵に襲われて弱っている彼女を勢いで手に入れてしまえば、必ず後悔するだろう。自分らしくもなく理性を失ってしまったルーファスは、止めてくれたブラックに感謝した。
そして当のブラックは、座り込んでいるマリアを心配しているようで彼女の周りをうろうろしていた。金色の瞳で時折ルーファスを睨んでいる。どうやらブラックにとってルーファスは、マリアを苛めた悪者という扱いになっているらしい。ルーファスは嘆息した。
まだしばらく立てそうにないマリアを、ルーファスが馬車の中まで運んでやる。いくらマリアから誘惑してきたとはいえ、この切羽詰まった状況でこんなことをしている場合ではなかったと、ルーファスは自己嫌悪に陥る。
「すぐにこのまま国境を越えて、隣国のザクセンという街まで行く。そこに俺の知り合いがいる」
マリアはなんとか頷いたが、ルーファスの顔を見るだけで、真っ赤になっていた。彼女は明らかに彼を意識している。
(まぁ、ここまできたらマリアが完全に俺のものになるのも時間の問題だな)
鈍い彼女をどうやって惚れさせようかと最初は考えていたが、意外と早く結果は出たらしい。ルーファスは口の端をほんの少しもち上げて不敵に笑った。
「マリアは疲れただろうから、検問所を過ぎたら、そのまま寝るといい。眠れば落ち着くだろう」
ルーファスは国境の検問所まで最大速度で馬車を走らせた。アストリア王国をいよいよ去るときがやって来た。




