7 マリアの結婚話とエド
マリアがその信じられない話を聞いたのは、いつもマリアを困らせてばかりいる使用人の息子エドと、兄のように慕う見習い騎士ルーファスからだった。
ある日のこと、マナーのレッスンを終えたマリアは庭園で咲いたばかりの花をスケッチしていた。
そこへ、赤毛の少年が彼女をめがけて一直線に走ってくる。いつもの意地悪するときのニヤニヤした顔ではなく、鬼気迫る様子で……。
赤毛の少年は、屋敷の使用人であるセバスとドリーの息子のエドである。彼の緑色に少し金色の混じった猫のような瞳は、なんだか血走っていた。
「エド、何かあったのかしら……?」
いつもと違うエドの様子にマリアは眉を寄せた。
「……あんなに急いでまで、また私に意地悪するなんてこと……」
いつもエドに意地悪ばかりされているマリアは、念のためスケッチブックを手に立ち上がった。どうせ捕まってしまうだろうけど、逃げる体勢を整えるために。
しかし、エドの足は思いの外速くて、マリアは逃げることもできなかった。エドは押し倒さんばかりの勢いで彼女の肩を掴み、そしてひどく真剣な顔で叫ぶ。
「お前、結婚するって、本当か!」
「え……?」
「しかも相手は父親くらいの年齢のおっさんだって言うじゃないか、やめとけよ! 同じくらいの年でもっと良い奴いるだろ!」
突然すぎて、マリアは何を言われているかまったく理解できなかった。けれど、最愛の父親が、エドによって「おっさん」と位置付けられたことだけはわかった。
「お父様はかっこいいんだから。おっさんじゃないわ」
するとなんだかエドは脱力したようだった。赤毛の頭がマリアの前でがっくりとうなだれる。
「いや、たしかにギルバート様は男の俺から見てもかっこいいよ。問題はそこじゃなくて……。
お前が、クルクルなんとか侯爵って奴と結婚するって、父さんと母さんが話しているの、たまたま聞いちゃったんだよ」
マリアは「クルクルなんとか侯爵」が誰のことかしばらくわからなかったが、ふとクルーガー侯爵のことではないかと奇跡的に思いついた。
「もしかしてクルーガー侯爵のこと?」
「そうそうそいつだよ。それでお前、そいつと結婚するんじゃないだろうな!」
相変わらずエドはマリアの肩を強く掴んで、至近距離で叫んできた。
彼女はぼんやりと思う。
(どうしてエドはいつもこんなに暑苦しいのかしら……。それに「クルクルなんとか侯爵」って、なんだかとっても残念な感じ……)
思わずクルーガー侯爵に同情してしまうマリアであった。