65 脱出
クルーガー侯爵がマリアの秘められた場所に手を伸ばそうとしたときだった。彼は自分の首筋に、何かヒヤリと冷たい物が突きつけられていることに気づき、動きを止める。
「そこまでだ」
地を這うような低い声がして、侯爵は目だけを声の方に向けると、そこには凄まじい怒気を孕んだルーファスが立っていた。普段の、感情を表に出すことのないルーファスしか知らない侯爵は、初めて目にする彼の姿に背筋が凍りつく。
「あぁ、来てしまったんだな。ルーファス……」
侯爵は恐怖のため、自分の欲望が急激に萎えていくのがわかった。
「もうやめるから、その剣をおさめてくれないか?」
ルーファスは剣先を侯爵の首筋につけた。侯爵の首に血が滲む。
「彼女に何をした?」
「まだ何もしていないから安心してくれ……」
「服はどうした?」
「あの服は侯爵の妻にはふさわしくないと思って、使用人の女性に着替えさせた」
「侯爵の妻」という言葉はルーファスを非常に苛立たせたが、侯爵はあくまでもまだマリアには触れていないことを強調した。
しかし、彼女の太腿をまさぐり、事に及ぼうとしたところはしっかりと見られているので、ルーファスの絶対零度の空気は一切やわらぐことはなかった。
ルーファスは侯爵の答えを聞き届け、剣を突き付けたまま部屋の隅に連れていく。そして、音もなく侯爵を昏倒させ、あらかじめ用意してあった縄で侯爵を縛り上げた。
ルーファスは呆然とするマリアを無言で抱き起こした。彼女はまだ助かったことが信じられず、流れる涙を拭うこともできない。
そして、侯爵との婚約を信じているため、愛する彼が助けに来てくれたのに、マリアは素直に喜ぶことすらできなかった。
「私はクルーガー侯爵と婚約しているみたいなの……。だから、あなたとは行けないの……」
しかし、ルーファスはマリアの拒絶を一刀両断した。
「言いたいことはそれだけか? そんな馬鹿な嘘を信じて、純潔を捧げるつもりだったのか?」
「嘘なの……?」
「決まっているだろう。そんな嘘に騙される方がおかしい。それよりもとりあえずここを出る」
ルーファスはマリアを窓際に連れていき、彼の首に手を回してしっかりつかまっているように指示した。
「落ちるなよ?」
ルーファスは器用に下りていき、2人は無事に脱出することができた。




