61 心のないお人形
マリアはこの状況下でなんて答えべきかわからず、その代わりにずっと聞きたかったことを侯爵に尋ねた。
「……むしろ侯爵様こそ、本当に私を妻になさるおつもりだったのですか……?」
「そうだよ。初めて会ったときから、私は君に夢中だった。こうしてさらってしまうほど、今も君のことを愛しく思っているよ」
侯爵は全く悪びれた様子もなく、大きな手で彼女の背中を上下に撫でさすりながら答えた。身体の深いところまで触られているような感覚に、マリアはぞくりとする。
強引な方法でマリアを妻にしたところで、彼女の心が手に入ると思っているのだろうか。それとも彼は、最初からマリアの心なんて必要としていないのだろうか。
「このような方法で妻に迎えられても、私は侯爵様のことを愛せないと思います……。私の気持ちは、少しも考えてはくださらなかったのですか……?」
心のないお人形さんか何かのような扱いに、マリアが憤りをぶつけるが、彼はつゆほども動揺を見せなかった。
「落ち着いて、マリア。君はすぐに私を愛するようになるから、今はそんなこと問題ではないよ」
「何をおっしゃっているのですか……? 私の心は私にしか決められません……」
彼の自信はどこから来るのか。会話にならない会話にマリアは焦燥を募らせた。
「ところで、マリア。ルーファスとはどういう関係なの? 彼と夫婦として旅をしているそうだね」
「え? どうしてそのことをご存知なんですか? そもそも、なぜ私たちの居場所がわかったの……?」
侯爵は麗しい笑みを深くしただけで答えなかった。彼からしてみれば答えてやる義理もない。
実際は、カヌレで会った貴婦人が彼の身内であり、侯爵は彼女から偶然その話を耳にしてサーベルンまで早馬で駆けてきた。
そしてサーベルンに到着してすぐに時計台の警備員に金を握らせて、泊まっている宿も探らせた。マリアが郷愁に負けて時計台から最後の景色を見ることも、すべて見透かしていたから。
何も知らないマリアは、すべてを見通すことのできる侯爵に言い知れぬ恐怖を感じた。
彼女はルーファスと夫婦のふりをしているだけで、本当のことを話せば、このまま侯爵に王都まで連れ帰られてしまうと考えられる。
しかし駆け落ちをして結婚したと言い張ったところで、彼がマリアのことを諦めてくれるのかもわからない。
マリアは元々ゆっくり考えて答えを出すタイプなので、いわゆる思考の瞬発力はないのだ。しかも今は薬の影響のためか、考えがまとまらなかった。
答えに窮しているマリアの様子を観察しながら、侯爵はわざとらしく嘆息する。
「……じゃあ、質問を変えよう」
そして、マリアの顎を掬い上げ、無理やり目を合わせた。心の動きを一切見逃さないように、唇が触れそうな距離で視線を絡めとる。
「君は、私と婚約していたのに、ルーファスにどこまで身体をゆるしたの?」




