60 さらわれ閉じこめられて
マリアが深い眠りから目を覚ますと、見慣れない天井が目に入った。
おぼろ気な意識をなんとか揺り起こして周囲を確認すると、知らない部屋のベッドに寝かされていることに気がつく。
今まで着ていたはずの簡素な服は脱がされ、貴族の令嬢が着るような明らかに上質な服に着替えさせられていた。特にその他は怪我もないが、薬の影響か、頭の芯がまだほんの少しだけ痺れている。
それほど大きくもない部屋の中をぐるりと見渡せば、きちんと手入れされていることがわかった。窓から見える太陽は若干西に傾いていることから、どうやらもう昼は過ぎてしまったらしい。
窓の鍵を開けて外を見てみると、ここは木に囲まれた屋敷の2階であることが判明した。
運動神経があまり良くない自覚があるため、マリアは自分のいる場所を把握すると、早々に窓から逃げることを諦める。
次に入り口の扉も念のため確認してみるが、外側からしっかりと鍵がかけられていた。
マリアは気を失う前に、最後に見た人の顔を思い出し、不安に襲われた。ルーファスから「油断するな」と何度も忠告されていたのに……。
固く閉ざされた扉の前で、悔しさに唇を噛んだそのときだった。
「マリア、目が覚めたかい?」
「……!」
目の前にある扉が開くと、女性であれば、誰もが見とれてしまうような完璧な男性が立っていた。
マリアはこの男性に見覚えがある。
茶色の髪をひとつにまとめ、緑色のすっきりとした瞳は優しく弧を画いている。愁いを帯びたようにも見えるが整った顔立ち、スラリとして均整のとれた身体。そして、重く甘い花の薫りを纏っている長身の男性。
その彼は、今のマリアが最も会いたくない人。
「侯爵様……。なぜ……」
目の前にいたのは、ジェイク・クルーガーだった。
マリアは久しぶりにクルーガー侯爵に会ったが、大人になった彼女にわかるのは、隠しきれない男の色気とほの暗い情欲を、彼はその身に秘めているということだった。
彼はマリアに近づき、昔会った記憶のままに、優しく彼女の髪に口づける。そして、幼いときとは違い、そのまま強く抱きしめた。
マリアは何とかして離れようとするが、逞しい侯爵の身体はびくともしない。それどころか彼の腕にはより一層力が入り、彼女の華奢な身体を完全に腕の中に閉じ込めた。
「それはこちらの台詞だよ、マリア。なぜあのまま王都の屋敷にいなかった? こんな遠くまで来て……」
侯爵は自嘲気味に呟く。
「そんなに私のものにはなりたくなかったのかな?」




