57 時計台
時計台はサーベルンのシンボルとなっていて、夜遅くまで一般に開放されている。そのため時計台の入り口には、治安対策の警備員が配置されていた。
時計台から街が一望できると聞いたマリアは、どうしても最後に、アストリア王国の景色を見ておきたかった。結婚すれば戻って来られるかもしれないと、マレーリーは旅立ちのときに彼女に言ってくれたが、それがいつになるかはわからない。そもそも戻って来られる保証もなかった。だからマリアは心に故郷の景色を焼き付けて、今後の縁としたかった。
時計台の頂上へは、ひたすら螺旋階段を上らなければならない。最初は張り切ってルーファスの前を歩いていたマリアだったが、そのうち彼に手を引いてもらわなければならなくなった。
数え切れない程の階段を上り終わると、開けた場所に出た。ここが目的地の時計台の頂上らしい。息を切らしながらもマリアは感嘆の声をあげた。
「わぁ……きれいね……」
「そうだな」
暗闇に浮かぶ蛍のように、橙色や黄色の光が輝いている。あの灯りの分だけ、人の営みがあるのだろう。マリアは、あの灯りの下でみんなが笑顔で暮らしていればいいと思った。寄りそうようにマリアとルーファスは手を繋いだまま、夜景を眺めた。
マリアはやがて次第に視界が滲んでいくのを感じた。この景色を焼き付けておきたいのに、徐々に見えなくなっていく。景色が幻のように滲むのに耐えきれなくて、そっと目を閉じると、彼女の頬を涙がゆっくりと伝い落ちていった。




