56 最後の夜
マリアたちが国境の街サーベルンに到着したのは、太陽が沈むのと同時だった。当然、既に国境の検問所は閉鎖されている。緊急の場合はその限りではないが、通常の場合は明日の朝まで検問所は開かない。そのためマリアたちはサーベルンで宿泊することになった。
サーベルンは国境のそばで自然発生的にできた街で、人も物も何もかもが溢れ、夜でさえ活気に満ちていた。人目を忍ぶ旅でなければ、もっと街歩きも楽しめたのだろうが、マリアとルーファスはすぐに宿に入る。
「明日、いよいよ国境を越えるのね」
マリアがポツリと呟いた。次にマリアがこの地を踏むことができるのはどれくらい先になるのだろうか。生まれ育った屋敷を出たときから、きちんと覚悟はしていたはずなのに、やはりいざとなれば故国を離れるのは無性にさみしい。
「何度も言うが、最後まで油断するなよ」
ルーファスは感慨に耽るマリアを心配そうに見ながら、何度目かになる忠告をする。彼女は彼女なりに気をつけているつもりのようだが、ルーファスから見ればマリアは隙だらけだった。
「ねぇ、さっき、宿の方が時計台から見える夜景がとてもきれいだと言っていたの。最後にそこだけは行きたいの……。行っても良い……? 」
ルーファスは、今はもう極力出歩くことは避けたかった。なぜだか胸騒ぎがして、落ち着かない。しかし、生まれ育った国を離れることになるマリアの気持ちもわからないわけではない。彼女にとっては、少なくとも今回の旅では、アストリア王国最後の夜に違いないのだから。
ルーファスはしばらく逡巡した後、マリアの希望を受け入れてやることにした。暗闇であれば自分たちの姿も目立ちにくいだろう。それに自分が彼女の側を離れないようにすれば大丈夫なはずだ。そのときはそう思っていた。




