55 隙
ジェイクはマリアの思考や行動パターンがよくわかっていた。マリアは従順で家庭的な性格である。ジェイクとの婚姻に最初こそ反発する可能性は高いが、そのうち現実を受け入れ、より良い家庭を築くために様々な努力をするだろう。彼女なら強引に自分を妻にした男すら憎みきれず、夫に尽くすに違いない。だからこそ、どんな手段を使ってでも結婚してしまえば良い。
しかしそこに至る前に、ルーファスがマリアに手を差しのべればどうだろうか。彼女は彼に全幅の信頼を寄せている。マリアがその手を掴むのは必至だと思われた。
それにしても、彼等は夫婦だと名乗っているが、こんな短期間に初なマリアが結婚を決められるとはとても考えられない。アストリア王国では離婚は一切認められていないため、普通の男女でも結婚には慎重だ。また、離婚ができないだけではなく、不貞にも厳しく、特に女性が不貞を働いた場合は苛烈な処罰が与えられる。
そのため、一定の婚約期間を設けてから結婚することが常識となっている。婚約は書面でかわし、不貞を働いた場合は罰せられ、不貞でなくてもどちらかの都合で破棄された場合には慰謝料が発生する。しかし何があっても離婚が許されていないのに比べ、婚約破棄は権利として認められている分、柔軟性があった。
「叔母様、その夫婦を見たのは、今朝ですね?」
頷く叔母を確認し、ジェイクは思考を巡らせる。ルーファスは東方の国出身だから、カヌレまで来たということは間違いなく国境越えを狙っているのだろう。ならば彼らは国境の街サーベルンを必ず通らなければならない。そしてマリアは乗馬ができないため、馬車での移動であることは確実だ。ジェイクが早馬で駆ければ充分に間に合う。
ジェイクはもし彼らが結婚していない場合は、ひとまずマリアを自分の手元に取り戻し、その上で強引に婚姻に繋げれば良いと思った。彼女の性格上、処女を捧げた相手と結婚するだろう。そのためにはルーファスが邪魔だ。化け物じみた強さの彼と直接対決となると、さすがのジェイクでも厳しかった。
しかし、ルーファスには隙がなくても、マリアには絶対に隙がある。2人が離れている時間さえあれば、何とでもなる自信があった。
東方の秘薬を手に、ジェイクは国境の街サーベルンへと馬を走らせた。




