5 侯爵と父の攻防
父親のギルバートの背後には、ドリーの夫である家令のセバスが強張った表情でひかえていた。
「クルーガー侯爵、こちらにいらしたのですか。マリアもここにいたんだね。まさか侯爵とご一緒しているとは思わなかったよ」
ギルバートはすぐに、普段通りの社交的な笑顔を浮かべて2人に話しかけたが、いつもは温厚で柔和なセバスの表情は強張ったままだった。
マリアと目線を合わせていた侯爵は、ようやく立ち上がる。
「……うちの娘が何かご迷惑おかけしませんでしたか?」
「いえ、とんでもない。とても素敵な庭園なので、見せていただいていました。そうしたら、そこにとても美しいお嬢さんがいたものですから、こちらから声をかけたのです」
マリアは二人の会話から、美青年が「侯爵」であり、「子爵」である自分たちの家より格上だと知った。
そして彼女はセバスの厳しい表情が気になってしまう。もしかして自分が侯爵様に失礼なことをしてしまい、それを責めているのかと……。
けれど、しばらくするとマリアは、セバスの目が自分を通り越して父親と侯爵に注がれていることに気がついた。
一方、侯爵はセバスの厳しい視線など、まったく目に入らないようだった。
「ギルバート殿、マリアさんは、今おいくつですか? 社交界デビューが待ち遠しいですね」
「……いえ、社交界デビューなんてまだまだ先のことです」
ギルバートは侯爵の質問に答えることをやんわりと拒否した。その態度に苦笑いし、彼はアジャーニ家を去った。マリアにだけわかるように、秘密めいた微笑みをそっと残して……。