45 風のいたずら
今日のカヌレは、朝から風が強かった。
ルーファスが馬車の準備をしている間に、マリアがブラックに餌をあげていると、一陣の強い風が吹き、押さえる間もなく、マリアの帽子が風にさらわれてしまう。
マリアの帽子は風に吹かれて舞い上がり、道路の方に飛んで行った。するとそこに運悪く、ちょうど馬車が通りかかる。馬は驚いて嘶き、前足を高く上げて立ち止まった。
彼女の帽子は、石畳の道路の中央にポツンと落ちていた。
「気をつけろ!」
御者はマリアをすぐさま大声で怒鳴りつけた。しかし彼女の姿を見た途端、そのあまりにも人間離れした楚々とした美しさに見惚れてしまい、次の言葉が出てこない。
マリアは急いで帽子を拾い、心から謝罪したが、御者は顔を赤くして下を向き、なんだかよくわからない返事をしただけだった。
マリアが止めてしまった馬車は、素朴なカヌレに不似合いな、明らかに貴族の所有のものだとわかる馬車だ。マリアは不安に襲われ、目の前にある繊細な装飾の箱馬車を見つめる。
中に乗っている貴族によっては、平民が貴族の行く道を邪魔したとして、ひどい仕打ちをすることもあるという。マリアは今や貴族令嬢ではないのだ。
すると馬車の中から、初老の貴婦人が「何があったの?」と顔を出した。白髪まじりの茶色の髪を上品に結い上げた貴婦人は、マリアを興味深そうに眺める。
御者がことの顛末を説明している間、マリアは帽子を胸に抱え、不安に俯いていたが、貴婦人から顔を上げるようにと声がかかった。
マリアは言われた通りに顔を上げ、貴婦人と控えめに目を合わせると、彼女は一瞬だけ驚いた顔をした。
「風では仕方ないわ。次から飛ばされないように気をつけなさいな。……ところであなたはこの街の子ではないわよね? どこのお嬢さんなの?」
貴婦人からの突然の質問に、マリアはどう答えれば良いかわからなかった。




