41 ただの子犬ではなかった
カヌレの街は街道から少し離れているため、今までの街にくらべると、こじんまりとした素朴な街だった。街全体にものんびりとした雰囲気が流れている。
街に一軒だけ存在する動物病院で、早速ブラックを診察してもらったところ、痩せてはいるが特に大きな病気はないというお墨付きをもらった。
しかしそれと同時に衝撃の事実が判明した。マリアたちは、ブラックのことを毛並みは珍しいものの、あくまでもただの子犬だと思っていたが、どうもそうではないらしい。
ベテランの男性獣医師はブラックを見るなり、驚いたように言ったのだ。
「あれ? これ犬じゃなくて、フェンリルだな」
マリアとルーファスはその意味がわからず、顔を見合わせていると、医師は笑いながら教えてくれた。
「神話のフェンリルじゃなくて、そういう種類の動物だよ。犬や狼の親戚みたいなものだ。犬や狼よりずば抜けて賢いから、先人たちが畏敬の念をこめてそう名付けたらしい。この不思議な毛並みと金色の目が特徴だよ」
医師は興味津々のようで、マリアにブラックを拾った場所を尋ねてきた。彼女が宿の近くで拾ったことを説明すると、医師は饒舌に語った。
「フェンリルは非常に珍しい生き物なんだ。どうして街にいたのかはわからないが、そもそもアストリア王国の深い森の中にしか棲んでいない。人にはなつかないし、まだ生態もよくわかってないんだよ。僕も長年この仕事をしているが、ほとんど見たことがないくらいだ」
そして「僕も飼いたいな」と物欲しそうな目でブラックを見たので、ブラックはその目に危険な臭いを感じたのか、不安そうにマリアにしがみついた。
その帰り道、マリアとルーファスは彼らの目の前を弾むように歩く、小さな生き物を眺めていた。
「ただの犬じゃなかったんだな」
「フェンリルなんて、初めて聞いたわ」
2人の会話を知ってか知らずか、ブラックは振り返ってご機嫌に吠えた。




