35 道中の会話(カルナーレまで)
旅立ってから早いもので、既に1週間が経過していた。旅は順調に進み、このまま行けばあと3日くらいで、第一目的の国境越えは果たせそうだ。今日はカルナーレの街に宿泊する予定になっていた。
幌の中から顔を出して、マリアがルーファスに話しかけた。
「ねぇ、ルーファス。里帰りに突然私がついていったら、ご家族を驚かせてしまわないかしら……? 」
「いろんな意味で、喜ぶんじゃないか」
「……いろんな意味? そういえば、ルーファスのご家族の話、あまり聞いたことないわ。改めて教えて?」
「両親と妹がいる。父は商売をやっていて、母はその手伝いをしていた」
「妹さんはどんな子だったの? 」
ルーファスの妹は気が強く、妙に勘が鋭かったので、我が妹ながら扱いづらいタイプだった。アジャーニ家に下宿してマリアに会ったとき、見かけも中身も天使みたいに清らかで美しいマリアを見て驚いた。正直、マリアはとても扱いやすいので、ルーファスはたまに罪悪感さえ覚えるときがある。
「今はどうか知らないが、とりあえず当時はマリアとは違うタイプだった」
「……私、妹さんに認めてもらえるように、頑張って働くわ、ルーファス」
「働く?」
「だって、そんなにすぐには住み込みで働く場所は見つからないでしょう。だからしばらくは、ルーファスの家で働かせてくれるのだと思っていたけれど、違うの……?」
思わず、ルーファスは後ろを振り返る。
「ほかの発想はないのか……? 使用人にするために、自分の実家に連れていくわけないだろう……」
けれど、マリアは聞いていなかった。彼女はどこかうれしそうに、まだ見ぬルーファスの家族に思いを馳せているようだった。
そんな彼女を見ながら、ルーファスは思い直し、前を向く。
(まぁ、逃げられても困るから、本当のことは言わないでおくか。異国の地で囲いこんでしまえばいい)
そこまで考えて、彼のことを疑いもしないマリアを目の端で眺めた。
(あぁ、俺も「あの侯爵」と同じだな……)
ルーファスは自分の狂暴な愛に、無垢なマリアが絡めとられるように感じた。




