29 目が離せない
今夜マリアたちが宿をとった宿場町アスランは、王都から隣国に行く街道沿いにある。
アスランの特徴的な白壁の家々が茜色に彩られる様を眺め、マリアはほんのわずかな間で自分の人生が随分変わってしまったと実感した。
感慨に耽りながら、隣にいるルーファスを仰ぎ見ると、彼が気づいて微笑みかけてくれる。知らない街でも安心していられるのは、紛れもなく彼のおかげだった。
宿にチェックインするとき、夫婦ということはまったく疑われなかった。部屋はツインルームで、簡素だが居心地の良さそうな部屋だ。
「マリアは奥のベッドを使うといい。夕飯は1階の食堂で食べるから、準備ができたら下に行こう」
ルーファスが荷物を下ろし、ベッドに腰かけた。
「私はいつでも大丈夫よ? ルーファスは疲れてるんだから、早く食べて早く寝てしまった方がいいと思うわ」
「それじゃ、行くか。マリアは宿に泊まるのも食堂に行くのも初めてだろう?」
マリアは頷いて、ルーファスに連れられるように階下に向かう。
食堂は夕飯時ということもあり、賑わっていた。マリアはルーファスに、メニューについてあれこれ質問しながら、幸せそうに料理を口に運ぶ。
部屋に戻って、ルーファスは改めてマリアのことを考えていた。室内では帽子で顔を隠せないから、彼女はその美しい顔を晒すことになる。
そして本人には、自分の美しさに対する自覚がまったくなかった。ただ、この国で珍しい金髪碧眼だから目立っていると思っている。神に愛でられしその美貌が、どれほど人を惹き付けるかわかっていない。
マリアがウェイターに調理法について質問したとき、ウェイターは緊張してすっかりしどろもどろになっていた。隣の男性客もマリアのことを凝視していて、それに気づいた彼女が気恥ずかしそうに目をそらしたら、その男性客は赤い顔して身悶えていた。
但し、2人とも、隣に座っているルーファスが目で殺したら、真っ青になって震えていたが。
マリアは、自分の容姿のことを全然わかってないだけではなく、貴族の箱入り娘だったため、男のあしらい方も心得ていない。
今まで街に出かける際は、彼女に近付く男はすべて、ルーファスが排除していたが、旅となればそこまで手が回らないだろう。
ルーファスは、これから旅をしていくうえで、マリアから一時も目が離せないと思った。




