294 新しい家族に迎えられて
まださらっとR15です。わからない人はそのままで。
城のような大邸宅が見えて、マリアは砂糖菓子のようにカチンコチンに固まってしまった。
門をくぐってからが、また遠い。
薔薇のアーチに、煌めく噴水。咲き乱れる色とりどりの花々。蝶や小鳥が楽しげに戯れるその光景は、マリアを楽しませもしたが、それ以上の驚きをもたらした。
アジャーニ家の庭園が野菜畑に変わる前でも、これほど立派ではなかった。父親が生きていた頃は「子爵」としては上々の暮らしぶりであったはずなのに、ジルクリスト家の庭園はそれとはまったく次元が違う。
「マリア、驚きすぎだ」
「だってだって、私、あなたが……こんな……」
「玉の輿かもな?」
ルーファスが冗談めかして囁くと、マリアが涙目で振り仰ぐ。金にもらならない貴族の肩書きが虚しくなるほど、実質的な富と権力をもった商家が存在することを、彼女は初めて知ったのだ。
しかしマリアは過分な富を望まない。ルーファスもまた、そんな彼女だからこそ愛していたが、その端麗な面差しは動揺のあまりやや青ざめていた。
「私、無理かも……。こんなに大きな家に嫁ぐなんて……」
クルーガー侯爵から「明日のパンもない生活」の例え話を聞かされてはいたが、しかしその一方でルーファスの過去の話を直接聞いて、それなりの商家の出であることも理解していた。
だからそれらの情報をもとに、何となくこれからの生活を思い描いていたのだが……その作業は完全に無駄だったようだ。
没落令嬢のマリアは、社交界デビューもしていないし、貴族間の人付き合いもほとんどしたことがない。
そのため富に関する想像力は残念なくらい乏しくて、目の当たりにした現実は、予想を容易に飛び越えた。
マリアが引いているのを察知したルーファスは、細い腰を一気に引き寄せ、念のために脅しておく。
「……まさか、この期に及んで逃げるつもりじゃないだろうな?」
「ち、違うのっ! ただ予想外過ぎて、心の準備が……」
「いい加減、覚悟を決めろ。もう逃げられないことくらい、わかるだろう?」
大人にしてもらったばかりのマリアにも、その意味はよくわかった。彼から与えられた愛の証がまだ身体の中に残っている。
「……うん、そうね。そうよね。私、頑張るわ」
「それでいい」
「だからルーファスも、色々教えてね?」
「ああ。力を合わせて頑張ろうな」
ようやく馬車を下りたときには、使用人たちが花道をつくって、マリアとルーファスを出迎えてくれた。仲睦まじい2人の様子に、使用人たちは微笑ましく目配せし合う。
玄関前には壮年の男女と若い娘が立っていた。明らかにルーファスの血縁とわかる容貌の彼らは、父親と、叔母であり義母でもある母親、そして2歳年下の妹だった。
ルーファスを渋くして、そこに柔和な雰囲気を足した感じの父親が、マリアたちの前に進み出る。意外と元気そうで、安心した。
「おかえり、ルーファス。そしてようこそ、マリア・アジャーニ嬢」
こうしてマリアはルーファスの家族に優しく迎え入れられた。
長かった旅が終わり、新しい生活が今始まろうとしていた。
189話の段階で、クルーガー侯爵がマリアに説教していましたね。結婚するなら、相手の家のことをきちんと確認しろと。
侯爵は大きな商家に嫁ぐマリアを、とても心配していたようです。




