291 夜の始まり
R15です。しばらくイチャイチャします……。
イザークが用意してくれた宿は、特権階級の人間が数多く利用するとても快適なところだった。
そんな宿の一室で、食事と湯浴みを済ませたマリアは、「恋人の日」のイベントを未だ諦めきれず、何か思い出をルーファスとつくりたいと思案していた。
改めて買いに行くことはできなかったが、サクラからもらった菓子を一緒に食べれば、何となくそれらしい雰囲気になるのではないかと、トランクケースからキャンディやマシュマロ、焼き菓子を取り出してみる。
そんなマリアの肩越しから、ルーファスがひょいっと顔を出した。
「何、菓子をもって固まってるんだ?」
「ルーファス! いつから、そこにいたの?」
「ついさっきからいた」
「そうなの? えっと、これはね……」
マリアが一部始終を話すと、ルーファスは興味深そうに目を細める。
「なるほどな。マリアが岩塩を持っていたのは、そういう訳だったのか。実は不思議だったんだが、エドの歯切れが悪くて、よくわからなかった」
「もし良ければ、あなたも一緒に食べましょう?」
「寝る前に食べると、誰かみたいに虫歯になるぞ」
あの女のことを冗談っぽく口にするルーファスを、マリアは思わず見上げていた。
しかし目に入るのは、何の憂いもなく微笑んでいるルーファスの姿で。
彼を長年苦しめてきた負の感情が綺麗に浄化されたことを知って、マリアは心から安堵する。
そんな彼女の優しさを見逃さず、ルーファスは勇敢だった恋人を自分の方に引き寄せた。
「それよりも手は痛くないか? あの女を殴ったとき、傷めたかもしれない」
心配をかけたくなかったマリアは、にっこりと笑ってみせた。
「大丈夫よ。たしかにあのときは少しだけ痛かったけど、拳の握り方まであなたが教えてくれたから意外と平気だったの」
「……念のため確認する」
そうしてルーファスは、マリアの華奢な指の1本1本、爪の先から手のひらや甲、その細い腕までも丁寧に繊細な指使いでなぞっていく。彼の大きな手に包まれると、どうしようもなく擽ったくて、マリアの息が少し上がる。
「あの……もぅ……」
柔らかな肌が甘く痺れ、頬がほんのり桜色に染まっていた。
「首は?」
「え、首? 何ともないと思うけど……」
腕はしっかりと掴まれたまま、彼のもう片方の手がマリアの首に伸ばされる。たしかにあの女にナイフを突きつけられたのは間違いはないが、怪我はしていないはずだった。
でもマリアはどこまでも素直にルーファスに身を任せてしまう。彼を疑う選択肢は、マリアの中には存在しない。
「あの……くすぐったいわ……。もう……わかったでしょ? だから……」
「まだ確認し終わってない」
ルーファスの顔があまりに近くて、それでいてギリギリのところで唇が触れてくれなくて、なんだか焦らされている気分になってしまった。
マリアはこの意味深な確認作業から逃れたくて、彼の関心の向きを変えたかった。このままでは勝手に身体が熱を帯びて仕方がない。ルーファスはただ心配してくれているだけなのに。
「ルーファス! お願いだから、ちょっと待って!」
「待たない」
即座に却下されてしまい、マリアは慌てて言い募る。
「あの、私、やっぱりあなたに何かあげたいの。だからもう確認は良いから、何がほしいか考えて。ね?」
身体を離そうとするマリアをがっちりと捕まえて、ルーファスは爽やかに笑った。
「物はいらない」
「そう、なの……?」
ルーファスは完全にマリアを自分の支配下に置いて、断言する。すっぽりと抱き込んで、甘く囁いた。
「俺が今ほしいのは、マリアだけだ」




