28 夫婦として
「お嬢様、起きてください」
頬を優しく撫でられる感触がして、マリアは目を覚ました。目の前にはルーファスの整った顔がある。いつの間にか眠ってしまったらしく、外はもうすっかり茜色に染まっていた。
「もう……着いたの? 私、寝てしまったみたい……」
「お嬢様、今日はここで宿を取ります。馬も休ませないといけないし、お嬢様も、長時間馬車に揺られてお疲れでしょう」
しかし、マリアはそれよりもルーファスのことが気にかかった。
「私はずっと馬車に乗っていただけだから、大丈夫。寝かせてもらったし……。それよりルーファスは大丈夫? 早く休みましょう」
2人が乗った馬車は、宿に設けられている馬車専用スペースにとめられていた。宿は石造りのそれほど大きくない建物だった。
マリアが早く馬車から降りようとすると、ルーファスがやんわりと制する。
「お嬢様、未婚の男女が2人きりで旅をしているのは、アストリア王国でもどこの国でもよく思われません。駆け落ちか何か、訳ありだと思われます。……ですから、これからは私とお嬢様は夫婦として振る舞っていただきます」
「え……ルーファスと夫婦のふりをするの?」
マリアはルーファスの突然の提案に驚いて、空色の目を丸くした。
「はっきり言って、私たちは目立ちますから、これ以上目立つのは得策ではありません。王都でも嫌というほど実感しているでしょう?」
たしかに王都での周りの反応を思い出すと、一理ある。外出時のマリアは、基本的に帽子を目深にかぶるようにしているが、旅に出る以上、いつでも顔を隠せるとは限らなかった。
「ええ、わかったわ」
マリアの了承を得て、ルーファスは頷く。
「それではお嬢様は、今から私の妻です。どこで見られているかわかりませんので、常にそのように接します」
「常に……? でも、あんまり奥さん扱いされると、私、恥ずかしくなって挙動不審になっちゃうかも……」
既に動揺しているマリアをよそに、ルーファスは彼女の手を引いて馬車から下ろした。
「マリア、早く行こう」
「……!」
マリアは、ルーファスにごく自然に自分の名前を呼ばれたことがなんだかくすぐったくて、思わず笑みを溢した……。




