290 告白の返事2
今回は少し長めです。
「……ああ。心の準備は、もうできてる」
その言葉を聞いたマリアは、思い出の欠片と自分の気持ちを丁寧に拾い集めていった。少しずつ、少しずつ、ありったけの誠意を込めて。
「あなたが大切な存在であることは、今も昔も、これからもずっと変わらないの。ルーファスの存在に関係なくいつまでも……」
マリアの紡いだ優しい言葉に、エドは思わず苦笑した。
「それは……違うぜ。ルーファスさんが来てからのお前は、あの人の後を必死に追いかけるようになっていた。俺たちの関係は、今思えば、そこでもう進むことを止めたんだ」
切なさを含んだ眼差しと苦しそうに吐かれる言葉に、マリアの胸がチクリと痛む。
「そんなこと……。だってあの頃のルーファスは寂しそうだったから、何かしてあげたいと思っただけよ」
「……俺は、あのときからずっと怖かったよ。半端じゃない闇を背負ってたルーファスさんを、真っ直ぐに追いかけるマリアが……俺の前からいなくなりそうで本当に怖かった」
舟や風が通り抜ける度に、運河は映す光を変えていく。エドは嘆息した。
「俺もさ、あの人にはかなわないって、今回のことでわかったんだ。俺が躊躇う場面でも、あの人は一切迷わずガンガン行く。その背中を見ていると、絶対的な自信があったお前を想う気持ちでさえも、負けてるかもって揺らぎ始めた……。
でもルーファスさんが凄すぎて人間とは思えなくて、そのときはまだマリアを奪ってやろうって。そう思ってたんだけど……」
エドは思い出すように瞼を閉じる。
「そんなあの人が、マリアが危険に晒されたとき、すぐに剣を置いたことが……なんだかすごくショックでさ。ルーファスさんには徹頭徹尾、鬼畜で無慈悲で容赦なくいてほしかったのに、そこだけやけに普通の人間っぽくて……。
でも……そのとき初めて、俺はマリアを諦めなきゃいけないと思ったんだ」
彼女は苦笑する。
「うん。たしかにルーファスはすごいわ。でもね、彼だって、辛い過去に苦しんだり、私のことなんかを心配して大切な剣を置いてしまったりするの。あんなに強いのに、弱いところもたしかにあって……」
マリアは最後に、エドの目を正面から見据えた。
「ねぇ、エド。私はこのままルーファスと一緒に行くわ。
これからルーファスは、お父様の後を継いで大変になると思うの。そんな彼を1番近くで支える役割は、ほかの女性には絶対に渡したくなくて……」
運河に沈む夕陽がまもなく夜を連れてこようとしていた。エドが最後の光で笑ってみせて、努めて明るく悔しがる。
「くっそー! やっぱりフラれたか!」
笑顔のエドに、マリアは眉を悲しげに下げた。
「エド……あなたの気持ちはとてもうれしかったの……。それなのに、ごめんなさい」
「謝るなよ、マリア。お前は悪くない。ルーファスさんと婚約までしていたのに、割り込もうとした俺がそもそも悪いんだから」
優しくエドが慰めてくれるので、マリアは鼻の奥がツンとした。彼もまた、泣きそうだった。
「幸せになれよ、絶対に!」
「うん」
訪れたばかりの夜がエドを優しく抱きしめて、彼のプライドは守られた。視界の端に長身のシルエットが映り、痒いふりして目を擦る。
「ああ、ルーファスさんが来たな。俺、このまま王都に帰るよ」
警備隊から事情を聴かれていたルーファスが戻ってくるのを確認し、エドは足早に立ち去ろうとした。涙が溢れそうで長居したくなかったから。
「え、こんな時間から帰るの? 今日も泊まっていけばいいのに。イザーク様がオレイユの街で1番の宿をとってくれたのよ」
「それは聞いたけどさ。ルーファスさん、もう絶対に待たないと思うんだ。だからフラれた身としては、同じ宿には泊まりたくないというか……。ともかく帰らせてもらう」
エドはここは譲れなかった。エメラダ王女のキンキン声を懐かしく思う程度には、ハートがブレイクしたのだから仕方ない。
「マリア、今までありがとう。アジャーニ家で過ごした毎日はすっげー楽しかった。お前のこと、本当に大好きだったよ。だから……だから……幸せならないと許さない!」
「うん、ありがとう……ありがとう……。エドも元気で。気をつけて帰ってね」
去っていく大切な幼なじみの背中を、マリアは大きく手を振って見送った。彼がおくってくれた心から祝福を、その胸に抱きしめて。




