283 卑怯な手
マリアが遠くに待ちわびた人の姿を見つけたとき、女性の手がより強くマリアに絡んだ。その感触は滑らかでひんやりとしていて、まるで蔦を上る蛇のようだった。
(この女が、ルーファスを苦しめた偽りの母親だったなんて……。早く、早く逃げなきゃ……)
マリアは女の正体を知り、次にすべきことを頭に思い浮かべた。しかし逃げ出したい気持ちとは裏腹に、恐怖で足が動かない。声すら出せないマリアのやや上方で、女の声が優雅に響いた。
「あなただったのね、私の家で派手に暴れてくれたのは。ねぇ、ルーファス? 憎くて可愛い、私の坊や。あなたのお父様のお若い頃に本当にそっくりね」
ルーファスがその馴れ馴れしい呼び掛けに耐えきれず、剣を一気に引き抜いた。女はわかりやすく溜め息をつく。
「随分大きくなった上に、『お母様』に剣まで向けるなんて、変わってしまったのね。昔はあんなに可愛かったのに……。このお嬢さんがそんなにも大切なの? あなたも恋人ができる年頃になったと思うと感慨深いわ」
「お前は母親じゃない!」
「そんな態度はいけないわね。お母様の躾が良くなかったのかしら?」
女はそこでニヤリと唇を持ち上げた。ルーファスを睨み付けながら、短く叫ぶ。
「ジャック!」
女の声に呼応して、柱の陰からスッと隻眼の男が現れた。
「聞き分けのない坊やに、教えてやりなさい!」
「はい、奥さま。仰せのままに」
ジャックのもつ黒刀の剣は、幾人もの血を吸って禍々しい気を放っていた。ルーファスはジャックを秒で倒し、そのままマリアを奪い去りたいが、この男が相手では、それは無理だと直感する。
「こいつは強い! お前は下がれ!」
ルーファスはエドを後方に下がらせた。そうしてすぐにルーファスはジャックと切り結ぶ。
激しい剣戟の音に、空気を切り裂く鋭い太刀筋。ジャックの剣は命を奪う修羅の剣だ。
しかしルーファスにとって、1対1で勝てない相手はまずいない。純粋な剣技のみであったなら、彼は殺さず、そして抵抗できない程度に痛め付けることははっきり言って得意だった。マリアの前だから、殺したくない。まだ彼はそんな甘いことを考えていた。
「ぐわっ!!」
ルーファスの剛剣がジャックの防御を突き破った。その凄まじい剣圧にジャックは弾き飛ばされて尻餅をつき、剣を落として壁にぶつかる。
誰もが勝負がついたと思ったとき、女が残酷な本性を現した。
「そこまでよ! 剣を置きなさい!」
そこにはナイフの切っ先を向けられたマリアがいた。
「!」
「早く置きなさい。この子がどうなっても良いの?」
「くそっ……」
金蔓であるマリアをそう簡単に傷つけないことは、ルーファスにもよくわかっていた。それでも彼はもう抵抗できない。
最愛の人の命を握られたルーファスは、その剣を静かに置いた……。
ルーファスは剣を置いたけど、いつでも反撃できるように、すぐ足下に置いたので大丈夫です!




