282 逃げられない過去
ものすごく悪い人が出てきますので、心の平穏を守りたい人はバックしてください。
まだ悪いことはしません。出てくるだけです。
騎士崩れの用心棒たちは、ルーファスとエドの敵ではなかった。
エドは実戦経験こそ乏しいが、それでも武勇を誇るアストリア騎士団の現役騎士である。厳しい訓練を乗り越えて得たその称号は伊達ではなく、無難に敵を打ち倒していった。ルーファスに至っては、切り結ぶ間もなく次々と敵を沈めていく。
最後の1人があっさりとルーファスに昏倒させられると、玄関ホールに時が止まったような静寂が訪れた。ルーファスは準備運動にもならない戦いを終え、今ようやく屋敷内をゆっくりと見回す。
大事な売り物となる女の世話を、男にさせることはありえない。だからマリアの居場所はメイドの女か使い走りの子どもの方が知っているはずだ。
しかし遠巻きにいる使用人たちは、薄っぺらい表情に期待と不安を纏まりなくのせているだけで、放棄した思考を取り戻すべきか否か、まだ迷っているようだった。そんな人間がまともに答えられるとは思えない。
若干の苛立ちを覚えたルーファスは、もっとマシな使用人はいないかと、屋敷の奥に視線を走らせた。
すると彼の視界に入ってきたのは、灰色の髪と赤い瞳の少年だった。思い詰めたような表情が気になるが、彼だけは他の使用人と雰囲気が違って見える。
(あの少年に聞いてみるか)
ルーファスは剣を納めて少年に近づいた。危害を加えないことを示すためだ。
そのとき。
さらに奥から女が2人、身を寄せ合うようにして歩いてきた。あれは……。
「マリア!」
ルーファスよりも先に、彼の背後にいたエドが、探し求めていた少女の名前を大声で呼んだ。そうして一目散に駆け寄ろうとするので、咄嗟にルーファスが制止する。
「……待て!」
「何ですか、ルーファスさん?! 離してください!」
エドは感動の再会をつまらぬ嫉妬で邪魔されたと思い、カッとなった。しかしすぐにルーファスの様子がいつもとはまったく違うことに気がつき、息を飲む。
「……どうしたんですか?」
「マリア……よりにもよって、あの女に……」
ルーファスの厳しい表情の下には、明らかな動揺が見てとれた。掠れた声で呟かれた言葉は、エドにはよくわからなかった。
誰よりも大切に愛している少女が、最悪な女と共にいる。
ルーファスの肌は恐慌で粟立ち、頭がズキズキと痛んで仕方なかった。呼吸を忘れて、胸が苦しい。
年月の経過を感じさせない、記憶と同じその姿。口元のほくろ、人をたらしこむ稀有な美貌、作り込まれた微笑。魔女のようなあの女は……。
「ルーファスさん……!」
エドが半泣き状態でルーファスの顔を覗きこんだ。
ルーファスがいたからここまで来られたこと、マリアを助けるにはルーファスの力が必要不可欠なこと。それらのことは、エド自身が誰よりもよくわかっていた。このまま呆けられたら、敵陣の中でご臨終だ。
焦ったエドがルーファスの視線を辿ってみれば、彼の瞳はマリアの隣の女性に凄まじい引力でもって吸い込まれていた。その女性がマリアと並んでいることの、一体何がまずいのか。その理由は1つしか思いつかなかった。
「……ま、まさか! あの女、ルーファスさんの元カノか何かですか?!」
ルーファスの眉がものすごく嫌そうにつり上がる。
「お前、本当に殺すぞ……!」
「あ、良かった。いつものルーファスさんだ。じゃあ、あの女は……?」
ルーファスは息を吐き、そして静かに告げた。
「あいつは……俺を苦しめた、母親だった奴だ」
ルーファスの声は離れているマリアにも、やけに鮮明に耳に届いた。
悲しい展開にはならないので、安心してお読みください(;・ω・)




