281 突入開始
エドは昨日と今日で、一気に自分が老け込んでしまった気がした。ルーファスに色んな意味でついていけない。
岩塩が途切れた後はブラックが臭いを辿って案内してくれたのだが、瀟洒な屋敷の庭には、獰猛な犬が放し飼いにされていて、門扉を破った途端にぐるりと囲まれてしまった。
身の毛もよだつ唸り声をあげ、鋭い歯を剥き出しに、徐々に距離を詰めてくる狂犬たち。真っ赤な咥内と涎を垂らす長い舌に、エドは完全に戦意を喪失した。
「ルーファスさん、これ、ど……どうするんですか?」
情けない声をあげるエドを、ルーファスは無表情で見下ろした。その紺碧の瞳が語るところを、エドは読み取れるようになっていた。
「黙って、俺についてこい。……ですよね? ……はぁ」
エドの翻訳をルーファスは否定せず、そのまま玄関扉に直進する。どうやら完全に正解だったようだ。もちろん目の前には狂犬たちがいつでも襲いかかることのできる距離で、行く手を阻んでいる。
しかし風向きはすぐに変化した。
ルーファスの凄まじい怒りのオーラに気圧された狂犬たちが、耳と尻尾を垂らし、弱々しく後ずさったのだ。ルーファスの前に犬の道ができたのを、エドは信じられない思いで見つめる。これは海が割れるくらいの奇跡だ。
さらにルーファスは門扉に続き、玄関扉も躊躇なく蹴破った。これにはエドも、もう笑うしかない。
「はは……は……。ルーファスさんは常に扉破壊からの、正面突破ですね……。扉の開け方、忘れちゃったんですか? ……はぁ」
エドの心は乾き過ぎて、まったく上手に笑えなかった。この隣にいる恋敵は、さっきの犬たち以上に狂っているとしか思えない。
こんなに派手に行動すれば、徒に敵を刺激するだけではないか。それがルーファスの狙いなのだとしても、行動を共にするエドとしては迷惑千万この上ない。本気でやめてほしい。
そもそもルーファスとは違い、エドはごく普通の騎士の1人に過ぎない。王女殿下の近衛騎士に抜擢されたのも、剣の腕よりもむしろ、超音波耐性を見込まれただけのことである。
果たしてエドの恐れていた通り、正面扉の向こうには既に屋敷の異変を感じたであろう男たちが、大勢集まってきていた。
彼らは戦いの心得があるらしく、剣の構えがさまになっている。しかしやや崩したその姿は、騎士の誉をどこかに捨ててきたことを物語っているようだった。
「お前たちは何者だ?!」
1番前で剣を構えた男が叫ぶ。
この屋敷で用心棒をしている彼らは、不品行な行いがゆえに騎士としての勤めができなくなった者たちだ。大男2人が使用人たちの見張り役とするならば、彼らは外敵の侵入を防ぐ警備要員といったところであろうか。
「お前たちが拐った女を、返してもらおう!」
ルーファスが鋭く叫んだ。
玄関ホールに怒号が響き、今まさに運命を決める戦いが、始まろうとしていた。
次も連続更新する予定なので、間があくかもしれません。




