274 (エド視点) マリアはどこですか? 3
扉の先の倉庫のような部屋には、存在感のある鉄の檻が3つ置かれていた。それらの鍵は開いていて、中には誰もいないことが、すぐにわかる。
そう誰もいなかったのだ。
マリアや俺が見た女の子たち、ルーファスさんが助けた子どもたちは、皆この部屋に閉じ込められていたのだろうか。陰鬱な鉄の檻に憎しみが湧くが、所詮想像でしかない。
そのとき俺の横をスッと小さな影が走った。見覚えのある黒い毛玉。
(あれって、マリアにいつもくっついてる仔犬……。あいつは犬じゃないって言い張っていたけど……)
その毛玉は檻の陰に走り込み、すぐに「アォン!」と短く吠えた。呼ばれているような気がして俺がそこまで足を運ぶと、見えてきたのはもうひとつの扉。
(気付かなかった、こんなところに扉が……)
俺がその扉を開けると、そこは馬車置き場だった。完全な閉鎖空間で、さっきの部屋から直接馬車に乗られてしまったら、外からはまず見えない。
マリアはここから既に別の場所に移動させられた可能性が高い。
部屋に戻ると、毛玉はいつの間にか、1番大きな檻の中に入っていた。匂いを探すようにぐるぐると回る。鼻をひきつかせてまた「アォン!」と鳴いた。
「毛玉、何か見つけたのか? これは……!」
俺は見覚えのあるものを発見した。
すぐにルーファスさんに報告に行く。だがしかし、そこで見たのは阿鼻叫喚の地獄絵図だった……。
動けなくなったおっさん芋虫がそこらへんに転がっていて、足の踏み場がない。ピクピクとしていたり、手足が明らかに変な方向にアレしてたり、顔面が床にめり込んでいたり……。
「一人も逃がす気はない」という言葉を正確に実行したことが、容易に見てとれた。
正直なところ、俺は恐る恐るなんとかルーファスさんに近づいた。俺がビビるって、意味わかんないんだけど。でも仕方ない。だって怖いんだもん、この人……。
「マリアは?」
俺はビクッとしてしまった。
「もう、いませんでした……」
ルーファスさんはほんのわずかに眉を寄せただけだった。意外と反応が薄いから驚いたんだけど、そんなことは大きな間違いだったと、本当にもう嫌というほど思い知ることになってしまう。
あ、ちなみに今も、ルーファスさんは、絶賛弱い者いじめ中だ。
え、どういう意味かって?
だって、今も、今も……。
髭面の男がルーファスさんに頭を掴まれて、ブランブランしてますからっ!!!
脚は地面から浮いているし、ルーファスさんの馬鹿力で鷲掴みされた頭蓋骨は濁った音を立てていた。
嫌だな、リンゴみたいに潰す気なんじゃ……。脳みそ、飛び散るのとかマジで勘弁してほしい……。
ミシッ。ルーファスさんはその指先に一層力を入れた。
「ここに、金髪の女がいただろう?」
「いた! いましたけどっ、俺は詳しいことは知りましぇん!」
「ほぉ……?」
ルーファスさんは髭面の男を床に落とした。そして冷たく見下ろす。
「なら、言わせるまでだ」
さすがに自主規制するが、ともかくルーファスさんは、男をボッコボコのメタメタのキダギタにした。良い子は刺激的すぎて見ちゃいけないヤツだ。
絶妙な力加減で相手はまだ生きてる。それがかえってエグい。悪魔がここにいる。俺は今夜魘されそうだ……。
「うぐっ、えぐっ……本当に知らないんだよぉ……ずびっ」
気がつけば、おっさんが小さな子どもになっていた。泣いてるよ……。
「ぐずん……俺たちに命令してたのは、お頭の『隻眼のジャック』という人です、そのおねーちゃんはあのお方のところに連れていかれて……」
「あのお方っていうのは、何者だ?」
「びえーん、怒らないでくださいっ! あのお方の正体や居場所を知っているのも、会えるのも、お頭1人だけなんです……ずびっずびっ……」
鼻水と涙でぐちゃぐちゃになっていたおっさんに、俺は哀愁を感じていた。ソファーに偉そうにふんぞり返っていた頃の面影は微塵もない。
「高く売れそうな商品が手にはいると、いつも北の方に馬で向かいますっ。そこから先のことはわかりましぇん」
またルーファスさんは男の頭蓋骨を鷲掴みにした。骨が軋むような不穏な音がする。やっぱり頭蓋骨も砕くつもりなんじゃ……。俺は脳みそがスプレッドした場合に備えて、こっそりと後ろに下がった。
「わかるところまでは、案内してもらおうか?」
あー、怖い。ルーファスさんが敵じゃなくて、本当に良かったとそっと息を吐く。檻の中で見つけたもののことを話すことができたのは、その後だった。
マリアの「岩塩」が檻の中に落ちていたことを。
わかるとは思いますが、髭面のおじさんは、精神が幼児退行しているだけで、身体は大人です。
次はまたマリアが出ます。彼女はおっとりしているので、そんなに緊迫感もなく、安心して読んでいただけると思います(;・ω・)
そこで再会できます。しばらくお待ちください。




