271 再び破られる扉
「俺たちが行った方の館は、欲望を満たすための、秘密クラブの会場になっていたんです……」
エドは穢らわしい記憶を追い払おうと頭を振るが、そう簡単に消えてくれるものではなかった。彼は消化できない気持ちを抱えたまま、マリアのことだけを考えて、何とか必死にここまで来たのだ。
マリアに危険が迫っていることを、ルーファスに伝えなければならない。エドの脳裡に浮かぶのは、あの爛れた光景だ。
「早くしないとマリ……」
「喋ってないで、行くぞ!」
「え! もう?!」
喰い気味に話を遮られ、エドは戸惑いを隠せなかった。さすがにエドは今着いたばかりなのだから、もう少し、もう少しだけ休憩させてほしかった。慌てて小声で器用に叫ぶ。
「な、中に何人いるかわからないですよね? それにどうやって入るんですか? こんな要塞みたいな建物……裏口とかあるんですか? 確認しましょうよ!」
「そんなことは知らん。時間がないんだ。お前はその目で見たんだろう? 拐われた女がどういう目にあっていたか」
「俺だって! そんなことはわかっています。でも……もう少し状況つかんでからじゃないと……。俺たちまでやられたら、誰もマリアを助けられないし……。もう少し様子を見ませんか……?」
「もう少し」を連呼するエドに、ルーファスが静かにキレた。
「お前、マリアに惚れてるんだろ?」
「へ? はい、そうですけど……」
「それなら、その気持ちを行動で示せ」
威圧感がものすごくて、眼力だけで殺されそうだった。それよりも告白したことが全て筒抜けだとは思っていなかったので、エドはあたふたと慌てる。ルーファスは舌打ちした。
「マリアは俺を裏切らないが、俺から奪おうとした罪は重い。お前には、それなりの代償は払ってもらう。……だから、やるぞ」
「いや、やるって?!」
(告白したってバレてる……。ってか、婚約破棄までさせようとしたことがバレていたら、これが終わった後に俺も殺されそうだ……)
「お前は中に入ったらマリアを探せ。あの子を発見次第、なるべく早く外に出ろ」
ルーファスはたとえ、人身売買組織の大物に辿り着けなかったとしても、マリアの居場所がわかった時点で、もう囮役は辞めてもらうつもりだった。蜥蜴のしっぽ切りでも充分じゃないか。マリアは良くやったと思う。これ以上は彼の方が、身がもたない。
「だから、何人いるかもわからないのに突入するなんて、いくらルーファスさんでも無茶ですって!」
「黙って俺に従え」
「俺の意見は聞いてくれないんですね……はぁ。でもどうやって、入るんですか?」
ルーファスは扉から離れるように合図する。エドはごくりと唾を飲んだ。
「こうするんだ……!!!」
バギィィッッ!
そうしてルーファスは、またあのときのように正面から扉を蹴破った。顔面蒼白のエドをお供にして。
扉を壊したのは、クルーガー侯爵からマリアを取り戻すときに続いて、2回目です。




