26 旅立ちの朝
翌朝まだ日が昇らぬ時間、マリアとルーファスは屋敷の皆との別れを惜しんでいた。
彼らの背後にある2頭立ての幌馬車は、一般的な貴族が使用するような立派な馬車ではなく、荷物のついでに人も乗れるという程度のものだ。
また、ルーファスの国まではアストリア王国からひとつ国を通り抜けていかなければならず、かなりの長旅になる予定だった。
夜通し荷造りをし、両親の墓にも挨拶をする。墓参りも自由にできなくなるのを実感したマリアは、またさみしくなった。
「お嬢様、私たちはしばらくしたら田舎に帰ることにします。……こちらはその住所です。落ち着いたら是非お手紙をください。……あと、このお金はお嬢様がつくられた刺繍の代金です。少しでも、旅費の足しになれば……」
マリアはドリーからメモと旅費を渡された。そして別れを惜しんで、セバスとドリーそれぞれとハグをする。ルーファスは彼らから「お嬢様をよろしくお願いします」と頼まれ、固い握手を交わしていた。
「マリア、こんなこと言える義理じゃないけど、道中気をつけてね。さすがにマリアが結婚しちゃえば、クルーガー侯爵も諦めるだろうから、結婚したら一度は帰っておいで」
いつもへらへらしているマレーリーも、泣き笑いのような表情を浮かべていた。
マリアは感謝の気持ちを胸に、叔父ともお別れのハグをした。困ったところもある叔父だったが、彼は彼なりに姪のマリアのことを守ってくれていた。
「ルーファスも……。君がいてくれて良かったよ。マリアはしっかりしてるところもあるけど、まだまだ子どもだから、本当によろしく頼むよ」
マレーリーはルーファスの肩を励ますように叩く。
そしてエドは、泣くのを必死に堪えているようだった。マリアが心配して手を伸ばそうとすると、逆にその手を取られ、強引に抱きすくめられた。
「……エド?」
「マリア……マリア……マリア……」
エドはマリアの名前をひたすら呼びながら、彼女の頭を自分の胸に押し当て、全力でかき抱いた。
「エド……苦しいわ……」
「マリア、俺が、必ず迎えに行くから……。だから……!」
「うん……? 会いに来てくれるの待ってればいいの……?」
マリアはこの別れを今生の別れにしたくなかったので、エドに明るく言った。
「そうね、必ずまた会いましょうね!」
「……マリア!!」
見解の若干の相違に気づかないまま、喜んだエドはマリアの髪に顔を埋める。首筋にエドの吐息がかかり、くすぐったくて、思わず悩ましげな声が漏れてしまった。
その直後、マリアは後ろから強い力で引っ張られ、ルーファスの腕の中に閉じ込められた。
「エド……別れの挨拶とはいえ、やりすぎだよ?」
「……マリアは俺が迎えに行くまで、絶対に手を出すなよ!」
マリアを抱きながら、ルーファスはただ意味深に口角を持ち上げる。
それからルーファスは「では、もうそろそろ行きます」とマレーリーに告げた。
ルーファスは御者台から、マリアは幌の中から顔を出して、いつまでもいつまでも手を振っていた。
マリアの国であるアストリア王国を出たら、ガルディア王国を抜けて、ルーファスの実家のあるルシタニア王国へと旅をします。
固有名詞が多いと混乱すると思うので、頑張って覚えなくて大丈夫です。
そのときになったら、きちんと説明を入れます。




