266 陽動 2つに1つ
「馬車を乗り換えたようです」
「予想通りだな」
イザークとマックスの会話の意味がよくわからず、エドは首を傾げた。
「なんでいちいち乗り換えるんですか? そのまま目的地まで直行した方が早いし、悪事が発覚する危険性も少ないんじゃ……」
「御者ごと馬車を変えるのは、こういう場合の常套手段だよ。追跡をかわして、足取りをわからなくするためさ」
イザークは相変わらず丁寧に説明してやった。そしてすぐに前を向く。
「さぁ、追いかけよう。ウェイブはまだか?」
「まもなくだと思います。弟からも報告があるはずです」
「わかった。もうしばらく待とう」
マックスの言葉を受けて一同が待機していると、その通り、今度はウェイブが姿を見せた。
ちなみに一卵性双生児であるマックスとウェイブを見分けるには、彼らのピアスの位置を気にすると良い。右耳にピアスがマックスで、左耳にピアスがウェイブだ。
左耳にゴールドのピアスをしている方、つまりウェイブが口を開いた。
「イザーク様」
「ウェイブ、どうした?」
「2台目の馬車が出発しました」
「何だって……」
「おそらくどちらか一方は陽動かと思われます」
「馬車の中は見えなかったのか? 先と後、どちらの馬車にマリアが乗っている?」
「すみません。馬車の大きさも形状もほぼ同じですし、その中まではまったく確認できませんでした。本当に申し訳ございません」
「そうか……、いや、顔をあげてくれ」
同じような馬車がそれぞれほぼ同時刻に、別の方向に出発したのだ。当然、マリアが乗っているのはいずれか1台である。間違える訳にはいかない。
「どっちだ……」
イザークは頭を抱えた。ルーファスが即断する。
「2手に別れましょう。どちらかを切り捨てるのは危険過ぎます」
「そう……だな」
イザークも同意した。迷っている暇はない。この暗闇の中、馬車を見失ってしまうのは致命的だ。時間がかかれば、マリアの身に危険が及ぶ。
「ルーファス、別れる前に確認だ。私たちの得た情報によると、奴らの悪事の舞台はここオレイユ地方だ。次に奴らの取引現場もしくはそれらしい建物に入ったら、すぐに踏み込んでほしい。誘拐された人間の証言が取れて、現場を押さえれば充分に罪に問える。
ただし追跡中にこの地方を離れることがあれば、その時点で今回の作戦は中止だ。直ちに奴らを捕らえてくれ」
「わかりました」
「どちらの場合も、オレイユの警備隊に奴らを突き出すが、細かいことについては、マックスとオーランに任せてくれれば良い」
オレイユ地方内ですべて完結させることで、マックスとウェイブという警備隊員の権限を生かせる。
「組織の大物が釣れるかどうかは、正直なところ、運とタイミングだ。しかし少なくとも、不正な人身売買の犠牲者の何人かは、きっと救うことができるはずだ。それだけでも意味がある」
ルーファスはオーラン及び警備隊員マックス、イザークはエド及び警備隊員ウェイブを伴い、再び追跡を開始した。




