262 愛妾としての価値
マリアは全身で感じる震動で目を覚ました。しかし目を開けたはすが、なぜか視界が暗い。そこでようやく、マリアは自分が置かれている状況を理解した。
(私、拐われて……。目隠しをされてる? あ……手も足も動かせない……)
ガタゴトと響く車輪の音と、時折聞こえる馬の鼻息から、馬車に乗せられていることは明らかだった。視界も自由も奪われた状態で、芋虫のように転がされているのだろう。
オレイユの街の路地裏で、髭面の男と、頬骨の突き出た痩せた男、そして唇の分厚い小男の3人に囲まれたことまでは覚えている。
その後のことは混乱の中の一瞬で、よくわからなかった。必死に抵抗したような気もするし、何もできなかったような気もする。恐怖で気を失ったのか、薬でも嗅がされたのかも記憶にない。
そのわりには頭がぼんやりするだけで、特別に痛いところもなかった。手足は太い布で巻き付けられているが、縄と違って食い込むこともないし、目隠しはされていても、猿轡はされていなかった。むしろ1番気になるのは、乗り心地の悪い馬車の震動が骨に直接響くことくらいだ。
「おっと、お目覚めかい?」
突然しゃがれた声がして、マリアはびくりと身体を強張らせた。すぐに男がクツクツと笑う気配がする。
「そんなに怯えるこたぁ、ねぇよ。ねぇちゃんみたいなのは大切に扱うのが基本だ。傷がついたらいけねぇからな」
「あ……あなたは誰? 私をどこに連れていくの?」
答えてくれないことはわかっていたが、聞かずにはいられなかった。
「俺のこたぁ、どうでもいい。それより、ねぇちゃんは何者だい? 貴族じゃねぇよな、あんな無防備に街をフラフラして買い食いまでして。隣にいたのは彼氏かい?」
「……あ……いえ……違います」
「ふーん、まぁ、彼氏だったら、あんなとこにねぇちゃんを1人置いていかないよな。俺が声かけたとき、ねぇちゃん、道に迷って泣きそうな顔してただろ? ちょっと笑っちまったよ」
監視されていた事実を改めて突き付けられると、マリアは気持ちの悪さに吐き気がした。今だってマリアだけが一方的に男の視線に晒されているのだと思うと、怖くて堪らないし、不快すぎて寒気がする。
ただここまで話して、マリアは声の主が髭面の男であることを確信した。
「俺ですら、金髪碧眼の女は昔一回見ただけだ。ねぇちゃんのお袋さんは、行幸かなんかのときに手をつけられて、捨てられた口かい?」
マリアは小さく頷いた。前ウィスタリア王の後宮がとんでもなく賑やかだったというのは、それなりに有名な話だし、市井にも落とし胤がいない訳ではない。
「まぁ、ねぇちゃんなら確実にどっかの金持ちの愛妾になれるぜ。そうしたら今より確実に良い暮らしできる」
「……愛妾として売られるんですか?」
「そりゃ、若い綺麗な女の使い道はそれしかないだろ」
そこで男の声のトーンが一気に下がった。目は見えないのに迫力で肌がピリピリする。
「舌を噛んで死のうとしたり、下手なことすると、猿轡かませるからな? 大事な売り物に傷をつけないように、丁寧に扱ってやってるが、ねぇちゃんの行動次第ではそれなりの対応をとらせてもらう」




