261 路地裏でのお別れ
「うーん……そんなことはないわ。勇気があって強い女性には憧れるけど……」
マリアは少し困ったように首をふる。彼女とて、ルーファスにふさわしい大人の女性になりたいのは山々だが、上手く囮役を務められるかさえ不安なのだ。
その役目を無事に果たすことができたときに初めて、マリアは自信を得られるのだろうし、それがきっかけでルーファスのマリアに対する意識が変わってくれるかもしれない。マリアはもっとルーファスに頼られたかった。
しかし離れていた分だけエドにはマリアの成長がわかるのだろうか。
「いや、お前は変わったよ」
眩しいものを見るように、少しだけ目を眇める。
「ここにいられるのはあくまでも王女殿下のご厚意のおかげだから、あんまり長くは返事を待てないのも事実なんだ。だから、無事今回のことに決着がついた後に、お前の気持ちを聞かせてほしい」
囮となったマリアを助けるためならば、エドはどんな危険でも冒す覚悟だった。気持ちが伝わった先に、何百年に1度の奇跡が起こるかもしれない。
「難しいことを言ってるよな、俺。それはわかってる。今は忘れろって言ってるのに、終わったらすぐに返事してほしいなんて、自分勝手だ」
エドは自分の膝を勢いよく叩いた。気合いを入れてマリアに伝える。
「お前を好きな気持ちは、ルーファスさんにも負けないから」
「……うん」
「……って、ははは、お前、なんて顔してるんだよ!」
「え、どんな顔?」
エドはマリアの柔らかな頬を両手で挟んだ。このまま唇を重ねてしまいたいが、そんなことは出来るわけもなく、ムニッと優しくつねる。
「笑え! 俺だって、困らせたいわけじゃない。さぁ、もう行こうぜ」
エドは最後の焼き菓子を口に運び、箱をひっくり返した。パラパラと散らばる残りかすが地面に落ちて、蟻やら鳩やらがエサを求めて集まってくる。箱を小さく潰し、近くのゴミ箱に投げ捨てて立ち上がった。
「あ、待って!」
マリアは先に行ってしまったエドを少し遅れて追いかけて、人気のない路地裏に入る。
ここは道が狭く複雑で、おまけに暗いという人さらいには安定のスポットだ。安宿と観光地を繋ぐ近道なので、不慣れな旅人が迷いこむことも珍しくない。
マリアが目をつけられていたならば、この場所で拐われる予定だ。
「俺、帰るから」
どこかで見失った声がして、マリアは途端に心細さに襲われた。進めば進むほど裏路地は入り組んで、わかりにくくなっていく。マリアは狼の巣穴に入り込む仔ウサギのように震えていた。
怖い、怖い、怖くて堪らない。すべての恐怖が、マリアを囮であることを忘れさせていた。
「よぉ、そこのきれいなおねぇちゃん?」
背後から聞こえてきた声にハッとして振り返ると、そこにはニヤニヤした髭面の男が立っていた。マリアは反射的に行くはずの道に視線を戻し、逃げ出そうとするが、恐怖に絡みとられた足は縺れてしまい走れない。
そのときさらに進行方向からも、柄の悪そうな男が2人、染み出るように現れた。
マリアはいつの間にか前後を挟まれていたのだ。
そうして彼女は、本当の恐怖とともに、たいした抵抗もできないまま拐われた。
強く勇気のある女性になりたいのに、涙が頬を伝っていた。どこかでルーファスたちが見守ってくれていると信じて。
素で怖がってるので、囮とは思われないという……。
マリアも頑張るので、イラッとするかもしれませんが、最後まで見守ってください(T-T)
エドはフラれる覚悟はしています。でも今気まずくなって、作戦に支障をきたすとマリアの身の安全が危うくなるため、返事を保留にさせました。




