260 俺の知らないマリア
箱入りのお菓子を手に、マリアたちは広場に出た。至る所に設置されたベンチには先客がいて、2人は他に座れそうな場所を探して辺りを見回す。座るのに適当な煉瓦づくりの花壇を見つけて、エドは隣にマリアを呼んだ。
少しずつ傾いていく日差しが、広場中央の時計の影を長くしていた。エドは感傷染みた想いを抱いて、焼き菓子を口の中に放り込む。咥内に広がるのは、ほんのり甘くてほろ苦い、大人の味……。
「旨いな。マリア、ありがとう」
それでも幸せな気分で礼を言うと、マリアは優しく微笑みを返してくれる。
「ふふ、どういたしまして」
ケーキ屋での攻防はついさっきのことなのに、美味しそうに口を動かす少年のような姿を見ると、ついつい笑みが零れてしまう。その一方でエドは、隣にいるマリアを直視できずにいた。
「ほら、お前も食えよ」
突っ慳貪な態度しか取れない自分が恨めしくて、そうっと溜め息をついた。女を酔わせる甘い台詞を、さらりと言える器用さがほしい。そうしたら、彼女の恋の相手は自分だったかもしれないのに。
そんな情けないことを考えていたら、マリアの弾むような声が聞こえてきた。
「うん! とっても美味しいわ。おじさんが言っていた通り、甘過ぎないから、たくさん食べれちゃうわね」
次のお菓子に手を伸ばそうとするマリアにやっと視線を向けて、エドは気まずそうに尋ねた。
「ルーファスさんにあげるものはどうしたんだ? お前、これからやらなきゃいけないことがあるだろ。俺が持っておいてやろうか?」
エドはマリアが望むなら、彼女のかわりにルーファスに渡しても構わないと思っていた。ただ愛の言葉の伝言だけは御免だし、多少余分な一言も言ってしまうかもしれないけど、それくらいは複雑な男心に免じて許してほしい。
「ううん、大丈夫よ。小さい袋だったから自分で持てるわ」
杞憂に終わったことに安堵しながら、エドは意外と素早いマリアの行動に驚いていた。
「どこにしまったんだ?」
「えっと、ポケットに……」
マリアはルーファスにあげるものは自分で持っていたかった。そのため店内ですぐに秘密のポケットにしまっていた。
さすがにリボンの形は若干崩れてしまったものの、もともと手触りの良くないワンピースだから、それすらもほとんどわからない。
「なぁ、マリア……」
ふいに真剣な顔をしたエドに、マリアは3個目のお菓子に伸ばしかけていた手を止めた。
ちょうどそのとき、エサを求めてウロウロしていた鳩が羽ばたいて、マリアはそちらに視線を移す。なんだか心がざわついて落ち着かなかった。
「あの返事、だけどさ。マリアは器用なタイプじゃないから、余計なことを考えると、今回の作戦に支障をきたすと思うんだ。だから今は忘れてくれないか? 身の安全を第一に考えてほしい。お前、トロいから」
「……うん」
「俺はマリアが自ら危険に飛び込もうとするなんて、想像もしていなかったんだ。たしかに人のためなら頑張れる女だとはわかっていたさ。でも、俺の知っているマリアは、慎重で大人しくて、いつもルーファスさんの後ろに隠れてて……。なんか、変わったな」
次の話でさらわれます!
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