259 甘い物は好きですか?
「……はい……買うつもりです」
エドの猫のような目は興奮のあまり瞳孔が開いていて、ややホラーだ。肩に置かれた手もやたらと重く、とんでもない圧を感じる。マリアは無意識に敬語で話していた。
子どもの手のひらに収まってしまうほどの、小さなハート型の焼き菓子。プレーンやココア、キャラメルにコーヒー、色んな味が可愛らしい小箱に入っている。
ルーファスにあげるという体裁で、マリアも少しだけ分けてもらうつもりでいたが、よく考えてみれば、それは食い意地の張った子どものようで恥ずかしいし、エドにも悪い気がしてきた。
気まずさも手伝って、小さな声でマリアは言う。
「とっても可愛くて美味しそうなんだもの。ルーファスと一緒に食べたかったの」
美味しいものを好きな人と共有したい。マリアの思考がわかりやすく垣間見えて、エドは苛立って仕方ない。
いちゃついて食べさせ合うルーファスとマリアの姿を想像すると、糖分過多で胸焼けしそうだ。マリアはただシェアしたいだけだとしても、自分の精神の安定のために、リスクはできる限り減らしておきたい。
「マリア! それは俺と食べようぜ」
「エドと?」
「ルーファスさんは甘い菓子より、肉が好きだろ」
「それはそうかもしれないけど、ここはケーキ屋さんよ?」
当然、ケーキ屋には肉はない。肉があるのは肉屋だ。マリアは話の雲行きが怪しくなってきたことを肌で感じた。
昔からいつもそうだ。マリアがお菓子を作ってルーファスに渡そうとしても、エドに食べられてしまっていた。奇跡的にルーファスの口に入ったときはとても喜んでくれたが、それは数えるほどしかない。
正式に婚約した今こそ、「恋人の日」に彼にお菓子をあげたいのに、そんなささやかな希望が危うい。
そもそもマリアはエドとの喧嘩に1度も勝ったことがなかった。勢いに丸めこまれて有耶無耶になるのが関の山だ。
「私は……」
マリアが反論しようとしたとき、店主が話に入ってきた。
「肉はないが、肉と相性が良いのならあるよ。ちょっと待っててくれよ、お嬢ちゃん」
そして奥に入った店主が戻ってきたときには、小さな袋がその手に握られていた。灰色と白が混ざったような半透明な小石が入っている。
「たまたま行商人からいくつか買ったんだ。分けてあげるよ」
「よし、マリア! ルーファスさんにはそれにしろ! おじさーん、それ下さい」
「勝手に決めないで……むぐっ」
話途中でマリアの口を塞いだエドは、ニヤリとした笑みを口もとに刻む。悪い顔をしていた。
「マリアは優柔不断だからな、俺が決めてやるんだ。あ、おじさん、俺はこっちので」
「お買い上げありがとう。兄ちゃんにはこれだな、ハートの焼き菓子。甘さは控えめだからな、男でも旨いぞ」
「お願いしまーす。ほら、マリア、財布出せよ。ちゃんと3倍返ししてやるから」
「んーんー! むぐぐぐ……」
解放されたマリアは渡された小さな包みを眺めた。その中に入っているのは、少し透明感のあるただの小石……? マリアはわからず、店主に尋ねる。
「あの、これは何ですか?」
「北方の山岳地帯で採れる岩塩だよ。肉料理にかけると、肉の味が生きるんだ」
「そ……そうですか」
「だってよ! マリア良かったな、ルーファスさんにしっかり渡せよ」
「うん……でも岩塩……岩塩よ……? 皆がお菓子あげる日に岩塩……」
「気持ちが籠ってりゃ、何でも良いんだよ」
ルーファスなら何でも喜んでくれることは間違いないが、岩塩では甘い雰囲気はつくれそうもない。
マリアは今日も戦いに敗れ、がっくりと肩を落とした。
マリアは囮にならなきゃいけないのに、どうやってルーファスに渡すつもりなのか(゜ロ゜)




