257 おびき寄せてみよう
マリアが囮になることが決まったので、必然的にエドもこの作戦に協力する流れになった。
幼なじみの救出のためという理由なら、万が一何か問題が起こったとしても、王宮騎士としてではなく、あくまでも個人の責任として扱うことができる。
実際はマリアが自ら危険に飛び込む訳であるが、それは端から見ても判断できないことで、すべては偶然起こってしまうという建前だ。
マリアはイザークの指示通り、人目につくようにオレイユの街を散策していた。ナンパで足止めされないように、その隣には虫除け役のエドが「友だちの距離感」で歩いている。
(やっぱマリアって、めちゃくちゃ目立つんだな。わかってたことだけど……)
道行く人がすれ違い様にマリアを見て、ついでのように、その隣にいるエドに視線を移す。
彼を無視して話しかけてくる男もいたし、明らかに何らかの感情をもって睨み付けられたりもした。何とも言えない複雑な気持ちに、もはや溜め息しか出ない。
(ハァ……これは地味に辛いな……)
肌に突き刺さる視線は、既に致死量に達しているかもしれない。
似つかわしくもない影を背負っているエドを、マリアは不安そうに見つめるが、それに気がつく余裕もなく、彼はまた深々と溜め息をついた。
(一緒に住んでいたときも、街歩きの護衛は絶対ルーファスさんが譲らなかったもんな。今やっと、その理由がわかった……)
当時、まだ一人前の騎士になっていなかったエドでは、有事の際にマリアを守りきれないという単純な理由もあっただろうが、1番の目的は他の男たちへの牽制に違いなかった。
ルーファス相手に勝負を挑める男なんていないし、彼が睨み付ければ大抵の男は諦めるほか道はない。
そこでエドは、イザークと街に出る前に交わした会話を思い出す。
「マリアの存在を奴らに認識させるため、街を散策する振りをして、なるべく多くの人の目に触れるようにしてほしい。
マリアが不要な危険に遭わないように、幼なじみというそのままの設定で、彼女のフォローをお願いしたい」
それを聞いたエドの心は、不謹慎にもふわりと浮き立った。
「俺で良いんですか? というか街歩きなら、恋人って設定の方が自然じゃないですか?」
悪くない提案だと思われたが、イザークは即座に首を横に振る。
「男性経験がないように思わせた方がいいんだよ。だから恋人設定は不要だし、君が1番適任だ。オーランは一緒に街歩きするには年が違いすぎて不自然だし、私やルーファスがマリアと並ぶと絵的に恋人同士に見えてしまうからね」
「俺は……?」
「君は大丈夫だから安心しなさい」
「それって、どういう意味ですか?!」
エドが火を噴いてもイザークは爽やかに笑っただけで、色っぽい王子様スマイルを思い出すと、胃の辺りがムカムカしてきた。
「ねぇ、エド? このお店に入っても良い?」
遠慮がちな声に思考を戻すと、不安を宿した水色の瞳とぶつかった。
男として意識させた結果、以前より確実に広がってしまった距離が歯痒いが仕方がない。苛立ちで顔が怖くなっていたかもしれないと、敢えて口角を上げてみせた。
「ああ、入ろうぜ」
2人が向かったその先に、小さなケーキ屋が店を構えていた。




